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宇都宮大学農学部生物資源科学科

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コラム

イフガオのライステラス(棚田)

イフガオ縦

 この棚田は,ユネスコの世界遺産(自然遺産)に登録されており,「イフガオのライステラス(棚田)」と呼ばれています。イフガオとは,フィリピンのルソン島北部地域に居住する少数民族のひとつで,2000年以上にわたって,この棚田でお米を作りつづけてきました。

 写真をご覧になられて分かりますように,急傾斜地に手を入れて、平坦にして畔を築いて水をたたえる苦労は並大抵のものではなく,人の手が入らなくなりますと簡単に土壌侵食によってその棚田が崩壊してしまいます。イフガオのライステラスは,その並外れ,金銭的価値に換算できない「人間の生態系管理能力」こそが,フィリピンが誇る生きている遺産なのです。

 この棚田は,食糧や儀式に必要な物資(ライスワイン)を供給するばかりではなく,そのイフガオの共同体の文化や歴史の保全に不可欠な基本的な活動も,同時に育み,現在に伝えてきたのです。現在,農業の近代化に伴って,イフガオのライステラスの利用や管理方法に変化が生じ,それが棚田の水利用に直接影響を与え,周辺環境にこれまでになかった悪影響を及ぼし,結果として多くの棚田の崩壊が表面化してきました。

 このイフガオのライステラスの「社会、環境,経済発展そして共同体の維持発展に及ぼす多面的な役割」に対する理解不足が高じて,急傾斜地に人為的に創出された,景観の面からみても極めて優れた棚田が急速に崩壊の危機に直面しているのです。



 イフガオのライステラスは,化学物質を使用しない米生産技術(有機栽培)を実際に眼に見える形で示しているとともに,近年広域的に言われている食の安全・安心や環境保全という概念とも軌を一にしています。

 水利用の観点から考えますと,山岳地域の微小な集水域を利用した米生産システムである点において,「アジェンダ21」の提言のひとつを具現化しているものと考えられます。イフガオの棚田の土地生産性を維持するには,地域の植物資源の土壌への添加(緑肥の添加)によって,土壌肥沃度が維持されるのです。

 写真は,それらの植物資源のひとつであるサンフラワーです。各種の植物資源を土壌にすき込むには,足で踏み込んですきこみます。水を張り,稲が生育するにつれて,窒素固定能をもつ細菌が共生する藻類が,棚田に湛えられている水の表面にびっしりと繁殖するようになる点も,土壌肥料学的には大変興味深い現象です。

 この人間の英知が働きかけて創り出された農法は,「Biorhythm Technology」と呼ばれ,食料生産と環境保全の調和を2000年間にわたって保ちつづけた大変ユニークな先祖伝来の有機農法なのです。
(平井)


土壌学

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