村に水道が完成し,炎天下で水遊びを楽しむモン族の子供達
私の生まれ故郷,大阪では琵琶湖を水源とした淀川の水を生活用水として利用していますが,今も昔も夏になると渇水のニュースがしばしば流れます。しかし,栃木では,渇水のニュースを耳にしたことがなく,水資源に恵まれた稀有なところであると感じています。一方,世界に目を転じますと,水を取り巻く状況は厳しさを増し,渇水に悩む地域の深刻な状況が広く知られるようになってきました。
私は,タイ北東部で焼畑農業を営む山地少数民族「モン族」の要望に応え、水質悪化で悩む村に森林湧水を用いて水道を敷設したNPOプロジェクトに参加・協力しました。
その資材は在タイ日本大使館からの草の根無償資金により調達し、森林湧水を村まで引く道筋については,現地の地形に明るい村民の助けを借りました。村の付近では焼畑が行われていますので,焼畑の炎による水道管の焼失を防ぐために水道管を埋めなければなりません。この土中埋設作業については村民による勤労奉仕で実施しました。そして,ついに,無事貯水タンクを通じて,森林湧水が村の各家庭にあふれたのです!
このようなボランティアと村民とが一体となった一連の共同作業は,思いがけない効果を村にもたらしました。それは,森林や土壌の水供給に果たす役割の理解と,自主的な水源林管理の実施でした。現在,村では,水源林の伐採・農地化が禁止され,試行錯誤を重ねながらも独自の水道管理法が取り決められています。村民にとって水源林は,「かけがえのない身近な存在」となったのです。
実は,森林の土壌や水保全に果たす役割を,土壌学者として幾度となく当該農村地域で訴えてきたのですが,なかなか理解してもらえず,水源林伐採による農地拡大も阻止できませんでした。しかしながら,この水道敷設によって,ようやくその壁を乗り越えることができたのでした。
このように,森を支える土壌の水供給への重要性と人々の水への思いを肌身に感じながら日本に帰って来るのですが,日本では,森林や森林土壌が水の供給に重要な役割を果たしていることが実感されにくい現実があり,言い知れない寂しさを感じます。先祖伝来の水供給システムが,現代の日本人にとっては,「あって当然で遠く離れた存在」となっているように思われてならないのです。
栃木の「豊かな水」を支える森林や森林土壌を「かけがえのない身近な存在」であるとの認識がより深められ,それが次世代またその次の世代へと永続的に受け継がれていってほしいと,遠く離れたタイ国での取り組みを通して感じています。
(平井)
キーワード 「山地少数民族」
地域の多数派民族からの圧迫をうけ,峻厳な山地に居住を余儀なくされ,政治的・経済的に周縁的存在と位置づけられてきた民族。タイ,ラオス,ミャンマー,中国,ベトナムをまたぐ国境沿いの山地にその多くが居住している。
(下野新聞 2004.6.21掲載)