肥料学講義を通じて伝えたいこと
肥料学はもちろん土壌ー植物系における栄養元素の動態と機能の解明などを扱う、自然科学ではありますが、肥料は農業資材ですから、歴史、社会、経済、農業技術などと密接な関係があります。したがって肥料学の講義は植物栄養学や植物生理学とは違って、生命の原理そのものを説く講義にはなりません。
国立大学農学部系学部長会議の提言の一つに「農学は人間の食糧・衣料・住居の必要を満たすために重要な農林水産業の発展を可能にする学問であるばかりでなく、農学の有する融合性と総合性を積極的に活用し、広く地球を足場に生きる人間の総合科学としの役割をも発揮していく必要がある。自然科学分野と人文科学分野との協力により、持続的発展を可能とする総合科学的な人間社会形成の方策を提示することは、21世紀における農学の使命といえよう」とあります。
この提言にある「農学」を「肥料学」に読みかえても十分に意味が通ります。それほど「肥料学」は農学らしいのです。肥料学講義を通して学生に伝えたいことのまず一つは、このことです。「肥料学」は農学であり、総合科学であると。学問の細分化が進む中で、貴重な学問分野であると。
もう一つは、肥料学は私たちの生活の基盤すなわち「食べること」と「出す」ことを扱う学問であるということです。前者は食糧としての栄養元素のインプットを、後者は排泄物としての栄養元素のアウトプットを意味します。食糧問題は経済的な国策の問題として扱われることが多いですが、肥料学的に見れば土壌資源を起源とする栄養元素の地球規模でのリサイクルという、地球の栄養資源をめぐる環境問題であります。このことを扱うのはまさに総合科学である肥料学をおいて他にないこと、これらを学生に伝えることが、肥料学を講義する私の使命であると思っています。
肥料学を支えてきた先達へのお願い
20年前、土壌肥料学から肥料学が分化し、さらに肥料学から植物栄養学が分化し始めた時代に村山は「農業生産の場から発足した土壌肥料学の伝統をつぐ肥料学は、土壌肥料学が本来内包していた作物生産のための土壌と肥料(栄養素)の両因子を全面的に継承している。土壌の因子はEdaphologyに、栄養素の因子はNutrition に受け継がれるが、それらはいずれも作物生産を指向している。肥料学はこの両分科に依拠しながら、栄養素を中心に、土壌ー作物系におけるより高次な法則性の探求に努めるべきであろう」と述べています。(肥料科学,2,1~6(1979))。近年の肥料学には、被覆肥料などの機能性肥料の効果と利用法、家畜糞尿などの有機物の土壌還元という大きな命題が生じています。また、施肥に起因する環境汚染や食糧問題は地球の栄養資源をめぐる環境問題であることが契機となって、いわば栄養環境学が、さらには植物根の機能や根と微生物の相互作用が注目されており、いわば根圏学が肥料学から分化しようとしています。しかし、土壌ー植物系における栄養元素の動態と機能を解明する学問体系である肥料学の位置づけは現在でも20年前と変わっていません。「肥料学」を次世代に伝えるために、肥料学を支えてきた先達へお願いがあります。それは「肥料学」の発展の歴史的背景や発展に際しての紆余曲折について、記述しておいて欲しいということです。例えば側条施肥の先駆けとして硫安ダンゴ、アンモニア水や液肥の注入技術が開発されたこと、V字型稲作や地力に関していろいろな論議があったことなど、肥料学・植物栄養学を専攻していても知らない若手が少なくありません。特に肥料製造に関する技術の進歩については知る機会は稀少です。 肥料学を支えてきた先達におかれましては、今後の「肥料学」の進展のためにも「肥料学」の発展の歴史について記述し、次世代へのメッセンジャーである私たちの世代にこれらを教授いただけると幸いです。「肥料学」がものを言うであろう21世紀のために。