研究内容
食品タンパク質が消化管や微生物に由来するプロテアーゼで分解されると、多くのペプチドやアミノ酸が生成します。 低分子ペプチドやアミノ酸は、小腸で吸収され、ペプチドは血液中でさらに分解されながら、体内を循環し、 最終的に生理機能を示す場合があることが明らかになってきています。低分子ペプチドやアミノ酸の新たな生理機能を見出し、 体内動態や作用部位など、それらの作用メカニズムを明らかにしていきたいと考えています。
1-1.コラーゲンペプチドによる皮膚創傷治癒を促進する作用
細胞外マトリックスの主要成分の1つであるコラーゲンは、繊維状のタンパク質として、組織の形態維持、力学的な強度の保持のために 重要な役割を果たしています。近年、コラーゲンは皮膚、骨、軟骨などへの効能が期待されており、実際に機能性食品や美容目的のサプリメントとして 利用されています。私たちは、コラーゲンが皮膚創傷治癒を促進する作用に注目し、その生理作用を生化学、細胞生物学のレベルで解析しています。 皮膚の再生過程に対してコラーゲンの摂取や塗布がどのような効果を有するかを明らかにするため、コラーゲンの合成、コラーゲン代謝に関わる 主要酵素であるマトリックスメタロプロテイナーゼの発現、炎症性サイトカインの発現、皮膚細胞の増殖や分化などに対する評価をしています。
1-2.コラーゲンペプチドの体内動態に関する検討
コラーゲンの消化吸収の動態の詳細は明らかにされていません。私たちは、in situ 小腸血管系潅流法、質量分析などの手法を用い、 コラーゲンの消化吸収動態を解析し、その吸収メカニズムを明らかにしたいと考えています。従来、消化管で吸収されないとされてきた 比較的鎖長の長いペプチドが吸収されていることが明らかになってきました。今後詳細にコラーゲンの消化吸収メカニズムを解析したいと 考えています。
1-3.水酸化プロリンの機能性に関する研究
コラーゲンは、水酸化プロリンや水酸化リジンといった特殊なアミノ酸によって構成されています。これらのアミノ酸が他の食品タンパク質に 含まれることはほとんどありません。これらのアミノ酸は、コラーゲンがタンパク質として合成された後に翻訳後の水酸化反応によって生じるので、 通常遊離のアミノ酸として体内を循環する量は極めて少ないですが、コラーゲンを摂取した場合には血中濃度が上昇することが知られています。 私たちは、遊離の水酸化プロリンが皮膚組織や細胞にどのような影響を及ぼすのか解析しています。
2.コラーゲンペプチドの抗酸化作用
コラーゲンを加水分解し生成するペプチドの中には抗酸化作用を示すものが報告されています。私たちは、コラーゲンを構成するアミノ酸の 電気化学的な解析をベースに、強力な抗酸化力を有するペプチドの探索と開発を行い、現在、細胞や動物個体レベルでそれらの機能を解析しています。 老化抑制に有効なサプリメントの開発につながることを期待しています。
3.食品成分の脳神経系に対する作用
我が国では、5大疾患の1つである精神疾患の患者数は300万人を超え、大疾患の中で最も多い患者数となっています。その中でもうつ疾患の患者数が多く、
うつ疾患を改善する素材が求められています。実際に、食品タンパク質から生成する低分子ペプチドの中にうつ行動を抑制させるものがあることが
明らかになっています。そこで、様々な食品タンパク質分解物から抗うつ作用を示すペプチドを探索しています。一方で最近、うつ行動と脳海馬の神経新生が
関連していることが報告されています。海馬の神経新生を誘導する食品成分を探索し、最終的にうつ疾患を改善する素材の開発に結び付くものと考えています。
また同様に、脳視床下部第3脳室周辺において神経新生が恒常的に起こっており、それと摂取エネルギーの調節が関連していることが報告されています。
この神経新生に対する食品成分の作用にも注目し、正常な摂取エネルギー状態を維持する素材を探索しています。これにより、摂食行動障害(過食や拒食)を防ぎ、
最終的には肥満や高齢者などの食欲減衰を予防できる素材の開発を目指しています。
以上、特に海馬と視床下部に注目し神経新生と脳機能との関係を明らかにしたいと考えています。
4.食品成分の筋肉に対する作用
我が国では、65歳以上の高齢者の割合が増加しており、現在25%を超えています。高齢者が寝たきりになる原因の1つとして、筋萎縮(筋肉が小さくなること) があります。そこで、筋萎縮が起こりにくくなる食品成分を探索しています。実際に、食品タンパク質から生成する低分子ペプチドの中に、 筋肉を肥大化させるものがあることが明らかになっています。それらの筋肥大メカニズムを明らかにすることで、筋萎縮を遅延させ、高齢者がいつまでも 元気で健康でいられるような素材を開発したいと考えています。