(独)農業・生物系特定産業技術研究機構 果樹研究所編「平成15年度 果樹農業生産構造に関する調査報告書ー果樹農業に対する気象変動の影響に関する調査ー」,中央果実基金調査資料No.189から
気候温暖化が落葉果樹の休眠・開花に及ぼす影響
本條 均(宇都宮大学農学部)
1.はじめに
このまま温室効果ガス濃度の上昇が続けば,21世紀末には約1.4〜5.8℃の温暖化するという予測もされている(「気候変動に関する政府間パネル」IPCC第1作業部会報告書,2001)。そのような想定の基に国立環境研究所の甲斐ら(国立環境研究所,1996)は平均気温が1℃上昇する毎にサクラ(ソメイヨシノ)の開花は2.7から4.8日促進されるという予測を行い,気温が3℃上昇すると3月20日以前に開花する地域が大幅に拡大し,ウメでは平均6.8日/℃開花が促進されるとした。甲斐らの研究では開花日と月平均気温(1,2,3℃上昇を想定)のみを考慮し,気温・緯度・高度などの要因との関係から解析・地図化を行っているが,植物側の生理的な反応を全く考慮していない。果たして,気温上昇に伴い開花日はどこまで前進していくのであろうか? さて,気候温暖化による果樹栽培への影響は,年平均気温と冬季の最低極温の変化予測から判断して栽培適地が北進し,逆に南部では夏季高温化の影響で品質不良が発生しやすく経済栽培が困難になると推測される(杉浦ら,2002)。さらに,秋冬期の高温化がおこると落葉果樹の自発休眠覚醒に必要な低温に十分な時間遭遇しないことが予想されるので,その場合休眠が正常に終了せず,発芽や開花の不揃いや生育異常,開花期間の長期化などが起こるであろう,このように温暖化に伴う将来の果樹栽培への影響を考える時,「休眠」と「開花」という現象は寒候期の温暖化の影響を解析するのに有益な情報となる。 ここでは温暖化気候を想定した時,落葉果樹の「休眠」と「開花」にどのような影響が考えられるかを論議するため,まず想定された温暖化が起こった時に「休眠」や「開花」現象はどのような影響を受けると予測しているか,ある地点を選んで現在の気温より上昇した場合のニホンナシの開花に対する影響予測を行い,現在のニホンナシ産地で開花日は実際にどのような変動を示しているのかと比較検討したい。また,そのような温度上昇が起こった場合の落葉果樹栽培への影響を具体的に考えるために,寒候期の気候がやや温暖にすぎる亜熱帯から温帯地域での現在の栽培上の問題点を探ることで,将来への対応策制定に向け気候温暖化問題に対する認識をさらに深めたい。 2.落葉果樹の休眠現象 2.1 休眠現象とは 温帯落葉果樹は,季節変化に適応して,その内的な生理変化を誘導することで,冬を生き延び,翌年の生長の準備を整えている。そのため,夏が終わるころから生長を停止し,秋には落葉し,耐寒性も獲得せねばならない。同時に,秋季から翌春の生長開始までの間,外見上は発育が停止した状態となる。この期間を休眠期と呼ぶ。落葉果樹の休眠現象とは,自然条件下で厳しい冬季の気候条件に適応し,生存していくために進化・発達した生理機能の一種といえる。休眠という生長が不活性な状態にはいくつかの種類があり,他発休眠,自発休眠,相対的な抑制等がある。 2.2自発休眠の覚醒と低温 落葉果樹が,自発休眠から脱して生長を再開するためには,一定期間低温に遭遇することが必要とされ,低温要求量が満たされなければ,萌芽・開花の遅延や不揃いを招き,結局結実や果実の生長に影響がでる(Westwood,1978)。そのため,熱帯や亜熱帯地域で落葉果樹を栽培しようとすると自発休眠の覚醒が正常に終了せず,栽培上の阻害要因となっている。温帯でも冬季温暖な地帯で落葉果樹を栽培すると,年次により前述の低温要求量が完全には満たされないことがある。さらに,最近では施設栽培の増加や,その経営戦略上の意義からも,自発休眠が終了したかどうかは,加温開始時期の決定,即ち開花や収穫期に関係し,栽培計画上も非常に重要である。ところで,年平均気温が2℃上昇したとすると,東京の気温が現在の鹿児島と,盛岡の気温が仙台と同じになる。そうすると,自然条件下でのニホンナシの自発休眠覚醒時期は,単純に考えると東京では現在より2週間ほど遅れるのではと推定される。また,芽の生理過程に対する低温の連続性の不足や高温の影響で,冬季が温暖なほど自発休眠の覚醒に必要とされる低温遭遇時間が長くなるともいわれ(西元,1991),わが国の西南暖地では一層の影響が予想される。 3.我が国での温暖化を想定した気温上昇の影響予測 3.1 低温持続時間の到達日の遅延 温暖化を想定した気温上昇が自発休眠の覚醒や開花現象に及ぼす影響を解明するために,宇都宮を例として取り上げ,日最高・最低気温の平年値(気象庁観測平年値,統計期間1961-1990)に対して,それぞれ+1〜+10℃まで,1℃ずつ上昇させた場合の自発休眠の覚醒に重要な低温遭遇時間の推移,ニホンナシ「幸水」の自発休眠と開花時期に及ぼす影響を解析した。 一般的に低温量の評価に用いられる7.2℃以下の低温遭遇時間を求めるには,日別の平年値(最高・最低気温)に清野ら(1981)の最低・最高気温を用いる推定式により,7.2℃以下の低温持続時間を求めた。ここでは,平年値と+1〜+6℃の場合について,7.2℃以下の低温持続時間を求めた例を示した(表1)。 表1 平年気温(最高・最低)の日別値から気温を+1〜+6℃上昇させた場合の7.2℃以下低温持続時間の到達日の変化(宇都宮)
このように7.2℃以下の低温持続時間は,現在の気温から+4℃までは,1℃上昇ごとに到達日が6〜7日遅れるようであった。+4℃では約1ヶ月遅延することになる。これは,あくまで平年値に対しての温度上昇を想定した結果である。しかし,年次変動をも考慮すると平均で1〜2℃の温度上昇があった場合には,樹種や品種により自発休眠覚醒時期が非常に遅延する場合も予想される。このような低温持続時間の到達日が遅延する影響は,宇都宮よりも暖地ほど深刻になり,そのように温暖化した場合には,例え自発休眠が覚醒したとしても,後述するが,その後の樹体の生育反応(開花・発芽)にも影響が出てくることも予想され,施設栽培を行う場合には加温開始期の判定等に影響がでるであろう。 3.2 ニホンナシ「幸水」における自発休眠覚醒時期の遅延 ここでは,自発休眠覚醒と開花現象についての動的なモデルが開発されているニホンナシ「幸水」を対象に,先ず自発休眠覚醒時期について,宇都宮と鹿児島を例として取り上げ,日最高・最低気温の平年値(気象庁観測平年値,統計期間1961-1990)に対して,それぞれ+1〜+10℃まで,1℃ずつ上昇させた場合の自発休眠の覚醒に及ぼす影響を解析した(図1)。自発休眠覚醒時期の予測モデルは,Sugiura & Honjo(1997)を使用した。 図1 ニホンナシ「幸水」の自発休眠覚醒時期に及ぼす気温上昇の影響 ここで鹿児島では+4℃,宇都宮では+10℃を想定した気温変化を与えると自発休眠は,5月1日までに完全には覚醒できないという結果となった(図1)。鹿児島では+3℃までなら,2月中には何とか自発休眠が覚醒できるかどうかという限界に近づく。宇都宮では,現在12月中下旬には自発休眠が覚醒しているが,+1℃上昇毎に5〜6日遅れるようになり,+5℃上昇で1ヶ月遅延が予想される。それに対して,温暖な鹿児島と比較すると,鹿児島では現在の平年気温下では1月16日に自発休眠が覚醒しており,これは宇都宮の+5℃の場合に匹敵する。もともと年平均気温で4.6℃の差異があるので当然の結果といえよう。ただ重要な点は,鹿児島では平均で+2℃の上昇が起こると自発休眠の覚醒時期が2月初旬となり,年によってはさらに遅延する場合も予想できよう。そのような場合には施設化による開花期・成熟期の促進という最大のメリットは期待できなくなるし,露地栽培ですら発芽や開花の遅れや不揃いなどの生育異常現象が多発するであろう。 我が国のニホンナシ産地の平均気温は,ここで対象とした宇都宮(年平均13℃)と鹿児島(同17.6℃)の間に大部分が位置するので,対象とする産地が暖地ほど温暖化による自発休眠覚醒時期の遅延の影響はより深刻な問題となる。 3.3 ニホンナシ「幸水」における開花時期の変動 前項と同様にSugiura & Honjo (1997)のモデルを用いて,ニホンナシ「幸水」の開花時期がどのような影響を受けるかを解析した(図2)。 図2 ニホンナシ「幸水」の満開日に及ぼす気温上昇の影響 図2において,「宇都宮1」と「鹿児島1」は,自発休眠覚醒の発育指数(DVI1)が1.0の時から開花予測を行い,「宇都宮2」と「宇都宮3」はそれぞれDVI1=1.9と2.2に到達後から予測を行った場合である。 杉浦(1997)によれば,DVI1が1.9から2.2に到達してから開花中央日を推定するほうがDVI1=1.0から推定するよりも精度が高いとし,特にDVI1=2.2の使用を推奨している。鹿児島では,現在の平年値ではDVI1が2.2に到達するが,+1℃の上昇でDVI1は4月末でも1.9未満となった。そのこともあり,ここで提示した鹿児島の開花予測日は,実際の開花中央日からはやや早めの推定値であると考えている。しかし,ここで開花日よりも需要なことは,+1,+2℃までは開花日がやや前進するが,+3℃ではかえって遅延する現象が予測されたことである。 この現象は,宇都宮においても同様に観察され,予測を開始したDVI1の値にもより変化するが,現在の開花状況の予測精度が最も高い「宇都宮3」においては+1℃から+4℃までは開花日が前進するが,+5℃になると逆に遅延するようになり,それ以上の昇温を想定すると完全な開花に至らない結果となり,非常に予測が困難となった。 今まで述べたようにいずれの推定値においても,ある閾値以上の気温上昇が起こると開花日の前進は起こらず,かえって抑制的な面が強調されるようになる。それ故,果樹栽培への影響は重大なものとなるであろう。さらに,発芽や開花の不揃いや生育異常,開花期間の長期化が多発するようになると推定している。 4.温暖化の影響は我が国で発現しているか? ここまで,温暖化による冬季の気温上昇が落葉果樹の休眠や開花現象に及ぼす影響を予測してきた。しかし,我が国の果樹栽培が未だ経験したことのない状況であるが,実際に起こりうる事態を想定して対応策を検討していかねばならない。先ず,現実には開花現象が全国でどのように推移しているか、地域により温暖化の影響は現れていないか、あるいは差違はあるのかなどを明らかにしておかねばならない。ここでは,ニホンナシ‘幸水’を対象に解析した例を紹介する。 4.1 ニホンナシ‘幸水’開花日の年次変動の解析 図3 埼玉におけるニホンナシ‘幸水’開花日の推移 ニホンナシの開花に関する東北から九州までの21地点の生態調査資料と,近傍の気象観測所の資料を用いて,開花日の変動の地域的な特徴と自発休眠の覚醒や開花を推定するモデルとの適合性の検討を行った。‘幸水’の開花中央日の年次変動をみると,埼玉県では10年間で2.5日程度の早期化が起こり,開花中央日の前進傾向が有意に認められた(図3)。 最近になるほど年次間の早晩の変動が大きくなる傾向が認められた。その他の20地点については,開花日の前進化傾向がある11都県,遅延傾向にある4県,殆ど変化が認められない5県となり,全国的な傾向は顕著ではなかった(表2)。 表2 わが国におけるニホンナシ‘幸水’開花日の推移(*t−検定により5%レベルで有意差が認められた)
しかし,自発休眠覚醒時期を推定すると2/3の地点で遅延傾向が認められた。開花予測モデルによる推定開花日と実開花日の誤差(RMSE)を分析すると,四国・九州地域におけるRMSEは他地域に比べて変動が大きく,温暖な地域での推定精度が低下する傾向が認められた。地球温暖化の影響と同時に地域によっては,都市の温暖化,いわゆるヒート・アイランド現象の影響があり,気象台や観測所の気象環境と果樹園気象環境との差異の有無や気象観測点の経年変動の影響等,数多くの,未解決の問題がある。現在,筆者らは温暖化と都市化の影響を区別して,明確にするべく解明を進めている。 5. 温暖限界地での落葉果樹栽培 ここまで,温暖化による冬季の気温上昇が落葉果樹の休眠や開花現象に及ぼす影響を予測してきた。我が国の果樹栽培が未だ経験したことのない状況であるが,実際に起こりうる事態を想定して対応策を検討しておかねばならない。そこで,現実に気候が温暖にすぎるために落葉果樹栽培が影響を受けている亜熱帯から温帯の高原気候等を利用したブラジル南部地帯での現状と問題点を紹介し,今後の参考に供したい。 5.1 南ブラジル地域における落葉果樹栽培の現状と問題点 ブラジル南部地域のサンタ・カタリナ(SC),リオ・グランデ・ド・スル(RS),及びパラナ(PR)州では,気候や地理的条件を利用し,リンゴ栽培が26,000ha(年間48万 ト ン)規模にまで拡大した。しかし,MERCOSUL(南米南部共同市場)の発足に伴い,小規模農家は温帯果樹先進地域のウルグアイやアルゼンチンとの,あるいは国内の大規模経営農場との競争にさらされている。そのため,元来リンゴ栽培にはやや温暖に過ぎる地域では,より低温要求量が少ないニホンナシ等の導入による経営基盤の強化を図ろうした。ニホンナシの自発休眠覚醒のための低温遭遇時間の地域性の解明は,ニホンナシ等の導入可能性を検討するための基礎資料となるが,ブラジル南部地域におけるその解析は十分ではなかった。同時に,ニホンナシ生産は,一部の日系人移住地において試作が行われている程度で,試験研究や栽培技術については未だ模索段階であった。 そこで,同地域に適した持続的栽培技術(リンゴ・ニホンナシ)の導入・開発及び小規模園芸農家の営農基盤の強化をはかるため,1996年12月からSC州農牧研究・普及公社(EPAGRI)とブラジル農牧研究公社温帯農牧研究センター(EMBRAPA/CPACT)で,JICAプロジェクト「南ブラジル小規模園芸研究計画」が開始された(2001年12月終了)。同プロジェクトに参加する機会(1997年,1999年)を得て,ブラジル南部におけるニホンナシ栽培の生産阻害要因である花芽異常現象(花ボケ,Floral Bud Abortion)の原因解明とその制御のための研究を開始した。それ以降EMBRAPA/CPACTとの共同研究を実施している。 5.2 ニホンナシ等の自発休眠覚醒に関与する低温時間の地域特性 1997年6〜10月にEMBRAPA/CPACT(ブラジル農牧研究公社温帯農牧研究センター,RS州Pelotas市)において,同センターのCascata試験場の気象観測データ(1967〜97)を使用し,清野ら(1981)の最低・最高気温を用いる推定式により,7.2℃以下の低温持続時間を求めた。 また,RSとSC州内のEMBRAPA/CPACTを除く13地点(果樹圃)には,サーモレコーダー(タバイエスペック,RT-10/11)を設置し,実際の低温持続時間の地域性の観測と前述の推定法の適用可能性を検討した。Cascata試験場におけるサーモレコーダーでの実観測値とその最低・最高気温から清野ら(1981)の式により求めた低温持続時間(<7.2℃)との比較では,その推定誤差は±3.8%以内という結果が得られた。 図4 Cascata Station(RS州,EMBRAPA/CPACTの試験地)における7.2℃以下の低温遭遇時間の年次変動 Cascata試験場における低温持続時間の年次変動を解明するため,1967〜97年の31年間について,旬と月別の7.2℃以下の低温持続時間を推定した。図4は,4〜9月までの月別の低温持続時間の推移を示した。1967〜96年の30年間の平均値でみると,8月末までに405.3時間であるが,標準偏差は98.4時間,その変動係数(cv)は24.3%であった。同様に,6,7月まででは,各々182.7±72.4,306.3±89.8,cvは39.6,29.3であった,6〜9月までの各月毎のcvは,45.7,42.1,37.4,54.8%であり,年次間変動が非常に大きいことが明らかとなった。例えば,1996年は寒冬年で,8月末までに7.2℃以下が626.5時間あり6,7月の第3旬には各々134.5,114.1時間と30年間で1,3位の低温時間を記録した。逆に,1986年には,8月末までに229.4時間(月間値では50.6時間)しか遭遇せず,暖冬年であった。以上のことから,南ブラジル地域での低温遭遇時間の年次変動は非常に大きいものと思われた。 5.3 花芽異常の発生実態と発生要因の解明 1997年6〜10月と1999年11〜12月に,RS州(Pelotas, Cascata, Cangu?u, Vacaria)とSC州(Ca?ador, S?o Joaquim, Curitibanos)のニホンナシ園(二十世紀,幸水,豊水他)の生態調査を行った。また,気象観測(1967〜97)及びニホンナシの生態調査データ(1989〜97)は,EMBRAPA/CPACTのCascata試験場(RS州Pelotas市郊外)のものを解析に使用した。 1997年には,花芽異常現象がRS州の上記4地点とSC州のCa?ador,Curitibanosでの大発生が観察された。花芽の異常には,混合花芽内の各小花の原基が全部枯死したものから,花芽当たり一輪程度が開花するものまで,品種や園地の状態により種々の事例が観察された,また,一樹や園内での開花期間は1ヶ月以上継続した。 そこで,花芽異常に関与する気象要因を明らかにするため,気温の日別値を用いて解析を行った。まず,秋から初春にかけての霜害発生を起こしうる低温発生との関係では,低温の程度,頻度や低温遭遇時間は異常発生と相関がなく,即ち極低温が関与した障害ではないことが示された。次に,旬別の7.2℃以下の低温持続時間との相関をみると,7月下旬と,7月中下旬の持続時間とはかなり高い負の相関が認められた。逆に,8〜9月初旬の25℃以上の高温遭遇時間との関係をみると,高い正の相関が認められた,しかし,Nakasuら(1995)が推定した日較差と異常発生とは関係が低いようであった。生育モデル(Sugiura and Honjo, 1997)により推定したCascataにおける自発休眠の平均覚醒時期は8月中旬であり,各年の推定休眠覚醒時期と開花日の観測値との関係から,自発休眠の覚醒から開花へと生育相の転換が起こる時間がそれまでに受けた低温量に比例して変動すること。その相転換が起こる時間の長短が花芽異常の発生と負の相関関係があることが認められた。 6.まとめ 温暖化に伴う冬季の気象変動が落葉果樹栽培に及ぼす影響を検証するために,関東北部のニホンナシ生産県である宇都宮を対象に選んで現在の気温より上昇した場合の影響予測を行い,低温持続時間の到達日が遅延すること,ニホンナシ「幸水」の自発休眠覚醒期が気温1℃の上昇で5〜6日遅延すること,宇都宮では+4℃まで,鹿児島では+2℃までなら開花日はある程度まで促進されるが,それ以上の昇温は逆に開花現象に阻害的に働くことを推定した。実際にわが国の西南暖地(福岡や大分)では,ニホンナシ‘幸水’の開花日が遅れている傾向を認めた。そのような温度上昇が起こった場合の落葉果樹栽培への影響を具体的に考えるために, 亜熱帯から温帯の高原気候等を利用したブラジル南部地帯でのニホンナシ栽培を例にして,将来の気象変動に伴い発生する可能性が考えられる温暖化による休眠異常の問題点を指摘した 。 ブドウやリンゴに比べて,ニホンナシでは,自発休眠の覚醒を促進する有効な手段(例えば薬剤等)が確立されていないので,自発休眠の実用的な制御技術を開発中である。もし,開花数が十分に得られないような事態になれば,亜熱帯低地の台湾中部で行われている「花芽接ぎ」等の栽培的方法(Linら,1987)も可能ではあるが,着果全量を接木によるのは,あまりに栽培者の負担とコストが大きくなりすぎる。しかし,温暖化による低温遭遇時間の不足あるいは休眠覚醒の遅延は,わが国の西南団地での施設栽培で最初に起こるであろうし,急いで解決を要する問題である。栽培的な対策と同時に低温要求性の低い品種の育種も今後重要となろう。 2002年12月にRS州Pelotasで開催された亜熱帯地域における温帯果樹栽培についてのワークショップ(Internatinal Workshop: Temperate Fruit Trees Adaptation in Subtropical Areas)では,特に低温要求性の低い品種や育種計画が大きな話題となり,モモでは7.2℃以下の低温遭遇時間が150時間程度で,自発休眠覚醒後に発芽・開花するまでの温度要求量が少ない実用品種が注目されていた。 また,ここでは,触れなかったが温暖化に伴い害虫の世代数の増加や越冬困難害虫の北進,病害発生への影響も大きく変化すると考えられる。専門分野を横断した広範な対応策の研究と実態調査が望まれる。 参考文献 Erez, A. 1987: Use of the rest avoidance technique in peaches in Israel. 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