園芸学会平成17年度秋季大会シンポジウム

2005年10月1日 東北大学川内北キャンパス講義棟

果樹における気候温暖化の影響解明と制御技術

 コンビーナー:宮田 明義(山口県田布施農林事務所大島支所)

1.地球温暖化の現状と果樹栽培環境への変動予測について(杉浦俊彦・農研機構本部)

2.気候温暖化がカンキツ生産に及ぼす影(奥田 均・農研機構果樹研)

3.リンゴにおける気候温暖化の影響解明と対策技術の開発(別所英男・農研機構果樹研)

4.寒候期の気候温暖化が落葉果樹の休眠、開花現象に及ぼす影響(本條 均・宇都宮大農学部)

5.グリーニング病とミカンキジラミの発生生態及び防除技術の開発(河村 太・沖縄農試)

 上記 5課題でシンポジウムが開催されました。当方の担当課題の要旨を下記に添付しました。

寒候期の気候温暖化が落葉果樹の休眠,開花現象に及ぼす影響

宇都宮大農学部   本條 均

1.はじめに

 このまま温室効果ガス濃度の上昇が続けば,今世紀末には約1.4〜5.8℃温暖化するという.気候温暖化による果樹栽培への影響は,年平均気温と冬季の最低極温の変化予測から判断して栽培適地が北進し,逆に南部では夏季の高温化の影響で品質不良が発生しやすく経済栽培が困難になる(杉浦・横沢,2004).さらに,秋冬期の高温化により落葉果樹の自発休眠覚醒に必要な低温に十分な時間遭遇できないことが予想され,その場合休眠が正常に終了せず,発芽・開花の不揃いや生育異常,開花期間の長期化などが起こるであろう,それ故,「休眠」と「開花」という現象は寒候期の温暖化の影響を解析するのに有益な指標となる.

 ここでは温暖化気候を想定した時,落葉果樹の「休眠」と「開花」にどのような影響が考えられるかを論議するため,ニホンナシを対象にまず想定された温暖化時には「休眠」や「開花」現象にどのような影響があるか,次にある地点を選んで現在の気温より上昇した場合の開花に対する影響予測を行い,実際のニホンナシ産地における開花日の変動状況と比較検討することに加えて,将来の温暖化気候時における落葉果樹栽培への影響を緩和する試験・研究の一端を紹介したい.

2.我が国での温暖化を想定した気温上昇の影響予測

 落葉果樹が,自発休眠から脱して生長を再開するためには,一定期間低温に遭遇する必要があり,低温要求量が満たされなければ,萌芽・開花の遅延や不揃いを招き,結局結実や果実の生長に影響がでる.例えば年平均気温が2℃上昇すると東京が現在の鹿児島と同じ気温になり,自発休眠覚醒が東京で現在より2週間ほど遅延し,冬季が温暖なほど自発休眠の覚醒に必要な低温遭遇時間が長くなる(西元,1991).

 そこで,温暖化を想定した気温上昇が自発休眠の覚醒や開花に及ぼす影響を解明するため,全国30地点の日最高・最低気温の平年値に対して,それぞれ+1〜+10℃まで,1℃ずつ上昇させた場合の自発休眠の覚醒に必要な低温遭遇時間の推移,ニホンナシ’幸水’の自発休眠と開花に及ぼす影響を解析した.7.2℃以下の低温遭遇時間を求めるには,日別の平年値(最高・最低気温)に清野ら(1981)の推定式により,7.2℃以下の低温持続時間を求めた.すると宇都宮では7.2℃以下の低温持続時間は,現在の気温から+4℃までは,1℃上昇ごとに到達日が6〜7日遅れるようであった.+4℃では約1ヶ月遅延することになる.これは平年値に対して温度上昇を想定した結果であり,年次変動をも考慮すると平均で1〜2℃の温度上昇時には,樹種や品種により自発休眠覚醒が非常に遅延する場合も予想される.このような低温持続時間の到達日が遅延する影響は,宇都宮より暖地ほど深刻になり,さらに自発休眠が覚醒したとしても,その後の発芽・開花に影響が出ることも予想される.

3.ニホンナシ‘幸水’における自発休眠覚醒と開花時期の変動

 ニホンナシ‘幸水’を対象に,前項と同様に自発休眠覚醒と開花時期とについて,最高・最低気温の平年値に対して,それぞれ+1〜+10℃まで,1℃ずつ上昇させた場合の影響を解析した.自発休眠覚醒と開花予測モデルは,Sugiura and Honjo(1997)を使用した.ニホンナシ’幸水’の自発休眠覚醒に及ぼす気温上昇の影響をみると,例えば鹿児島では+3℃までなら,2月中に何とか自発休眠が覚醒可能かどうかという限界に近づく.宇都宮は現在12月中下旬に自発休眠が覚醒するが,+1℃上昇毎に5〜6日遅れ,+5℃上昇で1ヶ月遅延が予想される.それに対して,鹿児島では現在の平年気温下では1月16日に自発休眠が覚醒し,これは宇都宮の+5℃の場合に匹敵する.もともと年平均気温で4.6℃の差異があるので当然の結果といえよう.ただ重要な点は,鹿児島では平均+2℃の上昇が起こると自発休眠覚醒が2月初旬となり,年によってはさらに遅延する場合も予想できよう. 我が国のニホンナシ産地の平均気温は,ここで対象とした宇都宮(年平均13℃)と鹿児島(同17.6℃)の間に多くが位置するので,対象とする産地が暖地に位置するほど温暖化による自発休眠の覚醒遅延の影響はより深刻な問題となろう.

 同様にニホンナシ‘幸水’の開花期がどのような影響を受けるかを解析した.杉浦(1997)によれば,自発休眠覚醒の発育指数DVI1が1.9から2.2に到達してから開花中央日を推定するほうがDVI1=1.0から推定するよりも精度が高いとし,特にDVI1=2.2の使用を推奨している.鹿児島では,現在の平年値ではDVI1が2.2に到達するが,+1℃の上昇でDVI1は4月末でも1.9未満となり,+1,+2℃までは開花日がやや前進するが,+3℃ではかえって遅延する現象が予測された.この現象は,宇都宮においても同様に観察され,現在の開花状況の予測精度が最も高いモデルで+1℃から+4℃までは開花日が前進するが,+5℃になると逆に遅延するようになり,それ以上の昇温を想定すると完全な開花に至らない結果となり,非常に予測が困難となった.

 地点毎に異なるが,ある閾値以上の気温上昇が起こると開花日の前進は起こらず,かえって抑制的な面が強調されるようになる.温暖限界地での栽培で問題となっている発芽や開花の不揃いや生育異常,開花期間の長期化が多発するようになり,落葉果樹栽培への影響は重大なものとなるであろう.

4.温暖化の影響は我が国で発現しているか?

 温暖化による冬季の気温上昇の影響が現在の開花現象にどのように顕れているのか.全国あるいは地域により温暖化の影響の有無は,あるいは差違はあるのかなどを明らかにしておかねばならない.

 ニホンナシ‘幸水’の開花に関する東北から九州までの21地点の生態調査資料と,近傍の気象観測所の資料を用いて,開花日の変動の地域的な特徴と自発休眠の覚醒や開花を推定するモデルとの適合性の検討を行った.‘幸水’の開花中央日の年次変動をみると,埼玉・栃木・千葉など関東を中心とした地点では開花中央日の前進傾向が認められた. それに対して,四国・九州地域では,前進化傾向が明らかでないか,やや遅延傾向も認められ,最近になるほど年次間の早晩の変動が大きいようであった.しかし,‘豊水’や ‘二十世紀’では地点により‘幸水’とは異なる傾向も認められ,全国的な傾向は未だ確定していない.

 しかし,実気温で自発休眠覚醒時期を推定すると2/3の地点で遅延傾向が認められ,開花予測モデルによる推定開花日と実開花日の誤差(RMSE)をみると,四国・九州地域におけるRMSEは他地域に比べて変動が大きく,温暖な地域で推定精度が低下する傾向が認められた.地球温暖化の影響と同時に地域によっては,都市の温暖化,いわゆるヒート・アイランド現象の影響があり,気象台や観測所と果樹園の気象環境との差異の有無や気象観測点の経年変動の影響等,数多くの未解決の問題があり,温暖化と都市化の影響を分けて評価すべく解明を進めている.

 さらに,開花期の変動に伴い成熟期も変動していることを忘れてはならない.例えば,‘幸水’と ‘二十世紀’では,両品種ともに前進あるいは遅延傾向を示す場合と‘幸水’は前進し,‘二十世紀’は遅延する場合の3型に分類できそうである。また,上記21地点を総合すると,‘幸水’では幼果期平均気温の1℃上昇が平均して果実生育期間を1.6日短縮することが認められ,関東以北でその短縮傾向が明らかであった。

5.今後の課題:温暖化影響緩和技術の開発に向けて

 農水プロジェクト研究「作物及び家畜生産における気候温暖化の影響解明とその制御技術の開発」に参画し,ブドウ等に比べ,自発休眠の覚醒を促進する有効な手段が確立されていないニホンナシで,環境負荷の少ない低温付与あるいは低温代替技術の開発を進め,一部成果も得られてきた(Honjoら,2005).低温遭遇時間の不足や休眠覚醒の遅延による影響が西南暖地での施設栽培で顕在化し始めており,解決が急務である。栽培的対策と同時に育種・病害虫など専門分野を横断した総合的な研究の推進が重要である.

引用文献

Honjo,H., R. Fukui and T. Sugiura. 2005. Dormancy and flowering control for Japanese pear by micrometeorological modification. J. Agric. Meteorol. 60: 805-808.

西元直行.1991.落葉果樹の休眠覚醒と低温要求量.農業技術大系果樹編,追録第6号,施設栽培50の4.農文協.

清野 豁・木村 悟・岸田恭允.1981.最低・最高気温による低温時間・高温時間の推定.農業気象,37:123-126.

Sugiura,T. and H.Honjo, 1997. A dynamic model for predicting the flowering date developed used an endodormancy break model and a flower bud development model in Japanese pear. J. Agric. Meteorol., 52:897-900.

杉浦俊彦. 1997. ニホンナシの気象生態反応の解析と生育予測モデルの開発.京都大学学位論文.

杉浦俊彦・横沢正幸.2004.年平均気温から推定したリンゴおよびウンシュウミカンの栽培環境に対する地球温暖化の影響.園学雑.73:72-78.