ブドウ(Vitis 属)

人間生活と植物 ー くだもののある暮らし

 巨峰(ハウス栽培)

栽培法

 元来中央アジアの乾燥地帯の原生種から改良されてきたブドウは,夏期乾燥し冬期温暖な気候に適しているので,我が国の夏の気候は高温多湿であるためヨーロッパブドウ(V. vinifera)の栽培に適さない。そのため,V. viniferaでも「甲州:山梨県で12世紀に偶発実生として発見された東洋系品種」のような少数品種を除いては露地栽培が不可能で,ガラス室等の栽培施設の利用が行われている。ガラス室利用の栽培では,北アフリカ原産のきわめて古い品種である「マスカット・オブ・アレキサンドリア:Muscat of Alexandria」が岡山県を中心に栽培され,最高級ブドウとして扱われている。

 我が国では,生食用が主体であるため,ほとんど棚仕立てで栽培されている。出荷時期の調節や降雨による果実品質への悪影響をさけるためなどの理由でプラスチック・フィルムを利用した施設栽培が多く行われている。施設下では,露地より病虫害の防除効果が大きく,薬剤散布の回数も少なくできる。棚仕立てでは,雨が多い地域では果房への雨滴による土などの飛散による汚損なども起こりやすい。

傾斜地に広がる棚仕立てブドウ園(山梨県にて)

 

H型整枝法と雨よけ栽培(大分県にて)

 棚仕立てでは,棚面への枝配置には,一文字型,H型,X型整枝法が行われる。上の写真は,「品種:キャンベル・アーリー」の短梢剪定(結果母枝を1,2節で切る)と雨よけ栽培を組み合わせた例である。果房は新梢上の基部に近い位置に着房するので,このような雨よけ施設だけで十分に果房への降雨の影響を除くことが可能となった。

垣根仕立てブドウ園(醸造用,ブラジルRS州にて)

 夏期に降雨の少ない諸外国のワイン生産地帯では,垣根仕立てが普通である。

 台木用品種:ブドウは挿木や取り木で増殖できるが,フィロキセラというネアブラムシ科の昆虫が北アメリカから導入されたアメリカブドウについてフランスに侵入し,フランスや近隣諸国の抵抗性のないV. viniferaに蔓延し,壊滅的な被害を与えたことから,フィロキセラ抵抗性を持つ台木が必要となった。アメリカの自生種の中から抵抗性を持つ種を利用して,抵抗性台木が育成され,日本では「テレキ5C」,「テレキ8B」,「3306」,「3309」,「ハイブリッド・フラン」などが利用されている。

新しい栽培法(施設栽培の項参照)

     光質制御による抑制栽培(12月出荷,島根県にて)
 紫外線カットフィルム(UVカットフィルム)による果実着色の抑制効果を利用し,UVカットフィルムから通常のフィルムに展張しなおすことにより,果実着色の時期を制御して出荷を調節している。

根域制限栽培と養液制御の組合せ(栃木農試)
地上部・地下部の環境を制御して高品質果実の安定多収を目指す。

 ブドウ属

 ブドウ科である。ブドウ属(Vitis)である。巻きひげを持つ落葉のつる性木本で,栽培ブドウとして重要なものは,V. viniferaV. laburusca である。

1.V. vinifera(ヨーロッパブドウ):世界で最も栽培面積と生産量が多いくだものである。ヨーロッパブドウは,生産量の90%以上を占め,栽培品種は1万に及ぶ。アフガニスタン北東部から黒海,カスピ海南岸に至る地域に自生する品種から,アフリカ・ヨーロッパへとアジアへと伝播され,次の3つの地理的生態的品種群が生じた。

ブドウの花序(品種:Cabernet Sauvignon)

 ヨーロッパ群:西ヨーロッパの小粒のワイン用ブドウで,世界的に栽培されているものに「カベルネ・ソーヴィニヨン: Cabernet Sauvignon」,「リースリング: Riesling」,「セミヨン: Semillon」などがある。

 東洋群:カスピカ亜群とアンタシアティカ亜群に分けられ,後者は大粒卵形の生食品種を構成する。この亜群には,世界の乾果(干しぶどう)の半分以上を占めるとされる「トムソン・シードレス」が含まれる。乾果以外に生食,醸造等にも利用される(下写真参照)。

 品種:Tompson Seedless(トムソン・シードレス)

 ポンティカ群:黒海盆地で改良された前2者の中間型の栽培品種群で,小アジアや東ヨーロッパで栽培されている。この仲間には,「グロー・コールマン:」が含まれ,本種は晩熟の生食品種で,我が国ではガラス室栽培で年末年始に出荷されている。

2.Vitis labrusca (アメリカブドウ):ヨーロッパから北アメリカに渡った移民達により,ヨーロッパブドウの栽培が困難な寒さや病虫害に耐えるものとして,北アメリカ大陸に自生していた野生種から探索,選抜されたもので,耐寒性が強く,病害虫にも抵抗性があるので降雨の多い地方でも容易に栽培できる。果実にアントラニル酸メチルに由来する独特の異臭(ラブラスカ臭あるいは狐臭:foxy flavor)があり,醸造には不向きとされるが,ジュース用には適している。代表品種には,「コンコード:Concord」がある。

 本種を基本に他の野生種や V. vinifera との間で多くの交雑品種が育成され,一括してアメリカ系雑種と呼ばれる。有名なものでは,「デラウェア:Delaware」や「キャンベル・アーリー:Campbell Early」がある。さらにこれらのアメリカ系ブドウと V. vinifera の間で多くの雑種(欧米雑種)がつくられ,純系の V. vinifera の栽培に不適な環境下でも栽培できる品種が多数知られている。我が国で多く栽培されている「巨峰」は,「石原早生(キャンベル・アーリーの4倍体枝変わり)」に「センティニアル(純V. viniferaであるロザキの4倍体枝変わり)」を交配,選抜育成された4倍体品種で1945年に命名された。当初は花振るい性による結実が不安定で普及が遅れた。栽培技術の改良により急速に面積が拡大した。現在では,「巨峰」の性質を引いた所謂「巨峰群」と称する大粒4倍体品種が数多く作出されている。

品種:巨峰

参考:少し変わった栽培品種

 今後,生食用として推奨したいものとして,皮ごと食べられる品種が面白い。例えば「リザマート:Rizamat」のような長楕円形の紅色大粒品種などは,裂果しやすく露地栽培は出来ないが,食味が良い。あるいは,果形からレディース・フィンガーとも呼ばれる「ピッテロ・ビアンコ:Pizzutello Bianco」は,指のように細長い少し反り返った奇妙な形が楽しい。皮ごと食べられる。

品種:Pizzutello Bianco(ピッテロ・ビアンコ)

参考文献:園芸植物大事典,小学館