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宇都宮大学農学部生物資源科学科

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コラム

タイ北西部の水稲栽培

タイ棚田

タイ北西部の焼畑・陸稲栽培(左上)と棚田(中央下)・谷津田(左下)による水稲栽培の様子


 遠く離れたタイ北西部ミャンマー国境沿いに、カレン族が居住する標高千メートルの農村があります。この村での主食はお米で、おかずは、野菜の炒め物、沢蟹を香辛料と共にすりつぶしたもの、川魚の干物が中心です。稲作のフィールド調査の過程で、並々ならぬ現地の人々の米への思い入れを感じました。

 現地で用いられている種籾は改良品種ではなく、先祖伝来のもので、栽培地は、傾斜地では焼畑と棚田、谷底部では、谷津田で、使える土地はほぼ全面的にイネを栽培しています。化学肥料や農薬はまったく使用せず、地力に依存した栽培です。収穫期になると見渡す限り黄金色の稲穂が続くのですが、周辺の尾根筋には、いたるところに人の背丈より高い木製の柵が作られているのです。これは、家畜や野生動物の侵入を防ぎ、お米の安定的な収量を確保するためのものです。

 延々と続く柵の作成や手除草を考えると米にかける労力は、大変な重労働に思えました。これほどまでに神経を使い、広大な面積でイネを栽培しているにも拘らず、米不足で悩む世帯が全世帯の4分の一程度に達します。米不足の世帯は、文字通り餓死に直面しますので、お米を村落内のコメ銀行から借り入れることになります。そして、利子をつけて翌年、返却せねばならないのです。幼少の頃、よく両親から、「米一粒でも収穫するまでに一年かかるのだから、粗末にしてはいけない」と教えられましたが、 この村の人々にとっては、「粗末にすると死にいたる」という感覚があるように感じられました。

 村民は、この切迫した村の状況を察知してか、棚田造成によって、米の生産量を上げようと試みています。ラオスの焼畑農村における研究によると、焼畑陸稲栽培では、米不足となったのに対して、水田に切り替えた農家は、米の余剰生産を実現できるようになったと報告されています。棚田造成による米の増産は理にかなっています。傾斜地を平坦にして、畦を築く土木作業は決して楽なものではありませんが、造成してしまえば、毎年栽培してもある程度の収穫を期待できます。

 翻って日本を眺めてみますと、日本の発展を下支えしてきた多くの水田が減反や人手不足などで放棄されています。 “水田は地球を救う”という言葉があるように、水田によって生かされてきた日本が地球を救う一端を担えないものか?“水田とそれを支える地力維持”の技術を次世代へ継承するための具体策を“米どころ栃木”で考え続けたいものです。
(平井)


キーワード 「水稲栽培と地力維持」
かんがい水から供給される養分、土壌中の有機物の分解によって供給される養分、森林から流れてくる表土が米生産には不可欠。連作すると地力が落ちるので、古来日本では、森林の腐葉土等を水田に加えて表土の地力維持に努めてきた。

(下野新聞 2005.1.31掲載)


土壌学

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