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本頁は日作紀 78に掲載.

トウジンビエ選抜効果の日本とインドネシアでの評価

吉田智彦・白鳥智美・Anas・Totok Agung Dwi Haryant

要旨:トウジンビエ (Pennisetum typhoideum Rich. ) の子実収量を向上させるための集団選抜を短期間で行い,かつ広域適応性を付与するため,選抜とその効果の評価を日本とインドネシアの2カ国で行った.早生,短稈,長穂の3形質での選抜を日本のポット栽培で,その選抜効果の評価をインドネシアの畑で行ったところ,緯度の異なる2カ国で栽培することにより農業形質についての選抜と評価を1年間で行うことが可能であった.なお,遺伝的獲得量から推定した遺伝率は出穂・成熟日が 0.36,稈長が 0.59,穂長が 0.41の値が得られ,これら形質で選抜の効果があることを示した.また,穂長と出穂・成熟日の間の表現型相関は ‐0.38,遺伝相関は ‐0.97,穂長と稈長の間の表現型相関は 0.24,遺伝相関は 0.73の値が得られ,本集団では長穂個体は早生の,また短穂個体は短稈の傾向を示した.
キーワード:遺伝相関,遺伝率,選抜効果,世代短縮,適応性,トウジンビエ.

Evaluation of the Selection in Japan and Indonesia for Pearl Millet : Tomohiko Yoshida, Tomomi Shirotori, Anas and Totok Agung Dwi Haryanto
Abstruct : Selection for early matuyring, short culm and long panicle was evaluated in a pearl millet population ICMV89074. It was possible to evaluate in Indonesia materials selected in Japan within a year. Heritability values estimated by the genetic gain were 0.36 for heading/maturing date, 0.59 for culm length and 0.41 for panicle length, respectively, and the effects of selection were shown for all traits. The genetic and phenotypic correlations for panicle length vs. heading/maturing data were -0.38 and -0.97, respectively, and for panicle length vs. culm length, they were 0.24 and 0.73. It shows that, in this population, a long panicle plant is early heading/maturing and a short panicle plant has a short culm.
Keywords : Adaptability, Genetic gain, Genetic correlation, Heritability, Pearl millet, Shortening of breeding cycle.

 トウジンビエ (Pennisetum typhoideum Rich.) は,高温,乾燥など過酷な環境下でも生育でき,世界の半乾燥熱帯における非常に重要な作物である (吉田 2002).タンパク質含量が穀実作物の中で高く,CaやP,Feも多く含んでいる (Burtonら 1972).米国やオーストラリアなどでは良質の飼料として茎葉を利用するほか,主にアフリカやインドでは穀実作物として2600万haもの栽培がある (Kumar and Andrews 1993).これらの地域では,毎年安定した収量をあげることが重要であるが,在来種は長く細い稈で弱いために倒伏したり,収穫の前に水分欠乏に陥ったりすることで収量が低下する.

 他殖性作物であるトウジンビエの改良には主に集団選抜がなされている.集団選抜は主に他殖作物の遺伝的改良に用いられる手法であり,表現型による個体選抜と選抜個体間の交配を繰り返して集団内の希望遺伝子型の頻度を増やすことを目的としている (Fehr 1987).

 本研究では,世界的に重要な穀実作物であるトウジンビエ雑種集団の選抜を試みた.トウジンビエの選抜についてはすでにいくつかの報告があり,Ghoropade and Metta (1993),Rattundeら (1989),Shekhawatら (1993) が子実収量での選抜効果を認めている.また,吉田ら (1999),Totokら (1998) も子実収量や収量関連形質について選抜を行い,収量関連形質による間接選抜も有効としている.

 これら既報は通常,同一場所で選抜し,その翌年以降に選抜効果の評価を行っている.育種年限の短縮や広域適応性を付与するには,選抜や評価の場所を変えた実験が有効である (岡 1975).単なる育種年限の短縮には温室の利用が考えられるが,温室では充分な農業形質の評価が困難である.一方,緯度の異なる2カ国を利用すれば1年間に2回の栽培により農業形質の評価が年2回可能である.そこで本論文では,選抜を日本のポット栽培で,その効果の評価をインドネシアの畑で行った.対象とした形質は各種障害を避け他作物とのローテーションが可能な早生化,耐倒伏性のための短稈化,多収のための長穂である.あわせ,各形質別の選抜試験の結果から,各形質の遺伝率と遺伝相関をも推定した.

材料と方法
1.S0集団の育成と選抜
2002年5月始めに,原集団 (S0) を宇都宮大学無加温ハウス内のポット (6L容量) に数粒ずつ播種した.原集団となったのはインドのICRISAT (国際半乾燥熱帯作物研究所) より導入した短稈,早生の集団であるICMV89074で (吉田・角田 1996),これを自然授粉で維持してきたものである.早生の集団であるため感光性は失われ,日長の差による出穂遅延などの生育不良は起きないことが確認されている (Totokら 1999).

 元肥のみ窒素を各ポット 0.5gずつ施肥した.随時除草した.灌水は1日1回行うことを原則とし夏の暑い日は朝と夕に1日2回行った.出芽の約2週間後に各ポット2個体になるように間引いた.

 早生,短稈,長穂を選抜の対象とした集団 (それぞれ早生集団,短稈集団,長穂集団と呼ぶ) を,それぞれ約200個体 (各100ポット) を育成し,上位10%を示す個体を選抜した.選抜した個体は出穂直後に原集団から隔離し,穂に紙袋をかけ,開花後,選抜した集団内でできるだけ各個体同士が均等に授粉されるように多交配を手作業で行った.

 同年の8月末に収穫した.できるだけ各個体から均一な種子数を採るため,各集団別に選抜された個体の穂を約15cmの長さで切除し,それぞれ採種し,これをS1集団用種子とした.また,原集団から均等に種子をとり,原集団を維持した.

 早生集団は出穂日が早いものを選抜した.この集団は全個体において,出穂日,稈長,穂長を測定した.短稈集団は稈長が短い個体 (約80cm以下) を出穂日が著しく遅いものを除いて選抜した.全個体の稈長を測定した.長穂集団は穂が長い個体 (約20cm以上) を出穂日が著しく遅いものを除いて選抜した.全個体の穂長を測定した.

2.S1集団の育成
 インドネシアのSoedirman大学内の畑で原集団と早生,短稈,長穂において選抜されたS1集団を2002年11月半ばに播種した.元肥のみ1区に窒素が5gになるように施肥した.試験区は1区が条長2m,条間50cmの3条からなり4反復行った.出芽後,株間約30cmになるように間引いた.

 出穂日は調査できなかったので,各集団の成熟日について調査した.以後両者を同時に表すときは出穂・成熟日と呼ぶ.稈長と穂長は主稈の稈長と穂長を各区生育中庸な5個体について調査した.2003年2月末までには全個体の収穫を終えた.すべて4区の平均値を使用した.  なお,日本でも原集団からの選抜個体の種子を収穫後直ちに宇都宮大学内の畑に播種して栽培したが,秋冷のため未出穂や登熟不良個体が多く実験遂行はできなかった.

3.遺伝率と遺伝相関の推定
 遺伝率を遺伝獲得量/選抜差で求めた.ここで,原集団の日本でのポット栽培での平均値をM1,原集団における選抜群の日本でのポット栽培での平均値をM2,次世代のインドネシアの畑での平均値をM1’,選抜群のインドネシアの畑での平均値をM2’とすると,選抜差は (M2−M1),遺伝獲得量は (M2'− M1') で,

遺伝率 = (M2'− M1') / (M2−M1)

である (Fehr 1987).遺伝相関 (rA) は,

rA =(CRx ix hx) / (Rx iy hy)

で求めた.ここで,Rx はある形質 (第一の形質) で直接選抜したときのその形質の増加量,CRx は第二の形質で間接的に選抜したときの第一の形質の増加量,ix と iy は第一と第二の形質の選抜強度 (σ単位.10%のときは1.75),hx と hy は第一と第二の形質の遺伝率の平方根である (Fehr 1987).今回は第1の形質を穂長として,出穂・成熟日,稈長との関係をみた.

結果と考察
1.S0集団の選抜 
 第1図に出穂迄日数の頻度分布を示した.播種後 71日〜80日の間に出穂する個体が多かった.全集団での平均値は 81日,選抜集団の平均値は 67日で,選抜差は -14日となった.

集団の選抜 上 第1図 原集団の出穂迄日数の頻度分布.
中 第2図 原集団の稈長の頻度分布.
下 第3図 原集団の穂長の頻度分布.

 第2図に稈長の頻度分布を示した.稈長は 80〜100cmの個体が多く見られた.全集団での平均値は 95.3cm,選抜集団の平均値は 65.6cmで,選抜差は -29.7 cmとなった.

 第3図に穂長の頻度分布を示した.穂長は 15〜20cmの個体が最も多く見られた.全集団での平均値は 18.0cm,選抜集団の平均値は 25.8cmであり,選抜差は 7.8cmとなった.

 S0集団での稈長と出穂迄日数の相関係数は -0.081で有意でなく,早生短稈品種を選抜できる可能性が示唆された.穂長と出穂迄日数の相関係数は ‐0.377と1%水準で有意で,早生個体で長穂の傾向を示した.穂長と稈長の相関係数は 0.237と1%水準で有意であり,長稈個体は長穂を示した.
2.選抜の効果
 S1集団において若干の出芽不良が見られたが,各区約20個体が育成された.第1表に各集団の調査結果を示した.第2表には各形質別の選抜結果と遺伝率の値を示した.
第1表 インドネシアでの調査結果.		
――――――――――――――――――――――――――
形質	  S0集団 早生集団 	短稈集団 長穂集団
――――――――――――――――――――――――――
出穂・成熟日	80	75	78	77
稈長(cm)	116.2	110.6	98.8	121.4	
穂長(cm)	29.2	26.3	32	32.4
――――――――――――――――――――――――――
値は各集団の平均値を示す.
					
第2表 遺伝率の値.					
―――――――――――――――――――――――――――――――――
形質	    M1	M2	M1’	M2’	遺伝率
―――――――――――――――――――――――――――――――――
出穂・成熟日	81	67	80	75	0.36
稈長(cm)	95.3	65.6	116.2	98.8	0.59
穂長(cm)	18	25.8	29.2	32.4	0.41
―――――――――――――――――――――――――――――――――
M1,M2;原集団での平均値と選抜群平均値.
M1',M2';次世代での平均値と選抜群平均値.
遺伝率=(M2'- M1')/(M2 - M1)で求めた.			
 稈長は選抜差が -29.7 (cm),遺伝獲得量が 98.8−116.2= -17.4 (cm)で,遺伝率は 0.59となり,集団全体の稈長は長くなる傾向があったが,比較的高い遺伝率を示した.また,今回選抜した形質の中で最も高い遺伝率を示した.穂長は選抜差が 7.8 (cm),遺伝獲得量が 32.4−29.2=3.2 (cm)で,遺伝率は 0.41となった.出穂・成熟日数は選抜差 -14,遺伝獲得量が 75−80=−5で,遺伝率は 0.36となった.
第3表 遺伝相関の値.
―――――――――――――
    	 穂長
―――――――――――――
出穂・成熟日	-0.97	
稈長	    0.73	
―――――――――――――
 第3表に,穂長を第1の形質としたときの出穂・成熟日と稈長の遺伝相関の値を示した.稈長と出穂・成熟日の遺伝相関は,Rx (穂長で選抜したときの穂長の増加量) = 32.4−29.2 = 3.2,CRx (出穂・成熟日で選抜したときの穂長の増加量) = 26.3−29.2= -2.9,ix と iy = 1.75,hx = √0.41 = 0.64,hy = √0.36 = 0.6であるから (第1,2表),

遺伝相関 (rA) = (CRx ix hx) / (Rx iy hy)

= −2.9 x 1.75 x 0.64 / 3.2 x 1.75 x 0.6 = −0.97

となり,同様な計算で稈長と穂長の遺伝相関は 0.73となった.穂長と出穂・成熟日の遺伝相関は −0.97で,ここでの供試材料では出穂・成熟が遅くなるほど穂長が短くなり,表現型相関で見られた傾向と一致した.
 穂長と稈長の間の遺伝相関は 0.73で,稈長が短くほど穂長も短くなることを示した.表現型相関も 0.24で,短稈個体は短穂個体の傾向を示した.観察においては,短稈のものでも茎が太いものは穂長も長いものが多かったので,短稈であるのと同時に茎の太さも選抜形質に加えることで,短稈品種から長穂品種を選抜できる可能性はあると考えられる.また,集団内個体数を増やし遺伝的変異の幅を大きくする事も有効であろう.

 このように,日本とインドネシアの2カ国を利用してトウジンビエの選抜実験を行ったところ,農業形質についての選抜と評価が可能であり,しかも1年間で実施することができた.この方法は,育種年限の短縮のみならず,環境の大きく異なる場所での選抜や評価を経るので広域適応性を育種材料に付与するのにも極めて有効であり (岡 1975), 本報告は今後各種作物で同様な実験を行う際の参考になるものと考えられる.
引用文献
Burton, G. W., A. T. Wallance and K. O. Rachie 1972. Chmical composition and 
 nutritive value of pearl millet (Pennisetum typhoides (Burm.) Stapf and E. 
 C. Hubbard) grain. Crop Sci 12:187―188.
Fehr W. R. 1987. Principles of Cultiver Development. Vol.1 Theory and technique. 
 Macmillan Pub., New York. 95―105, 219―246.
Ghorpade, P. B. and L.V. Metta 1993. Quantitative genetic studies in relation to 
 population improvement in pearl millet. Indian J. Genet. 53:1―3. 
Kumar, K. A. and D. J. Andrews 1993. Genetics of qualitative traits in pearl 
 millet : A review. Crop Sci. 33:1―20.
岡彦一 1975.収量安定性の機構とその選抜.育種学最近の進歩 第16集.啓学出版,
 東京.41―44.
Rattunde, H.F., P. Singh and J. R. Witcombe 1989. Feasibility of mass selection 
 in pearl millet. Crop Sci. 29:1423―1427.
Shekhawat S. S., S. L. Dashora, E. V. D. Sastry and R. K. Sharma 1993. Components 
 of gengetic variation and response of selection in pearl millet (Pennisetum 
 tyhoides). Indian J. Genet. 53:109―114. 
Totok A. D. H., T. K. Shon and T. Yoshida 1998. Effects of selection by yield 
 components on grain yield in pearl millet (Pennisetum typhoideum Rich.). Plant 
 Prod.Sci. 1:52―55.
Totok, A. D. H., T. K Shon and T. Yoshida. 1999. Yield components and the genotype 
 x environment interaction in pearl millet (Pennisetum tyhoideum Rich.) for double 
 cropping. Jpn. J. Trop. Agr. 43:26―31. 
吉田智彦・角田幸大郎 1996. トウジンビエの集団選抜および改良集団の収量. 日作紀 65:58―62.
吉田智彦・Totok, A.D.H.・N.D. Can 1999. トウジンビエを2回循環選抜した場合の収量関
 連形質の遺伝獲得量や遺伝相関.日作紀 68:253―256.
吉田智彦 2002.ソルガムとトウジンビエの生産と多収育種.日作紀 71:147―153.
本文は以上
解説

本論文は2番目著者の学部の卒業論文である.修士論文は学会投稿論文にすることを目標にしているが,それでも正直,2つの修論の1つがなればまあいいかなと思っている.いくつかの卒論を継続的にやってきてそれをとりまとめたことはあるが,一人のものではこれが始めて,たぶん最後である.

しかもここでの図表は卒論で作ったものそのものを利用しており,ほとんど手直しをしていない.勿論,3,4番目著書の協力が不可欠ではあったが,本人がインドネシア現地まででかけて選抜効果の確認を行い,遺伝力,遺伝相関の計算も独力で行って,大変立派な論文を作成した.

内容もきわめて実用的な価値が高い.そこで,本論文を卒論のままにしておくのは誠にもったいないので,学会誌へ載せ,広く公開しておくことにした.本人は目下おかあさんとして奮闘中である.

追加は以上