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本頁は日作紀 75に掲載したものです. 食味との関係図 祖先や世代数の図

北陸研究センターで育成した水稲品種系統の家系分析

重宗明子・三浦清之・笹原英樹・後藤明俊・吉田智彦
要旨: 水稲の育成地における材料の遺伝的多様性を把握し,優良形質の集積を図る品種育成戦略を構築することを目的として,中央農業総合研究センター北陸研究センター (旧北陸農業試験場) で過去80年以上にわたって育成された水稲品種系統 (配付済みの北陸系統115系統と未配付系統28系統) について家系分析を行った.総祖先数は,20年前から増加し始め,最近10年で2倍に増加し,未配付系統の平均は1122に達していること,祖先品種との寄与率からみて遺伝資源の幅が狭いことが明らかになった.供試系統とコシヒカリとの近縁係数は1960年代に増加した後は頭打ちになっており,2004年に奨決に供試した北陸系統16系統では,コシヒカリとの近縁係数は平均で0.463であった.また,コシヒカリとの近縁係数と食味との相関係数は有意ではなかった.供試した全143系統はキヌヒカリと血縁関係があり,さらに現在育成中の系統 (44系統) の86%がキヌヒカリの後代であることから,育成当初から改良を積み重ね,現在もコシヒカリの改良後代であるキヌヒカリの寄与が大きいことが示唆された.
キーワード :遺伝的多様性,家系分析,近縁係数,水稲育成品種,食味.

Pedigree Analysis of Rice Bred in Hokuriku Research Center: Akiko Shigemune, Kiyoyuki Miura, Hideki Sasahara, Akitosi Goto and Tomohiko Yoshida
Abstract: To understand the genetic diversity of rice cultivars and to establish a breeding system to accumulate superior traits, we performed pedigree analysis of the varieties bred for over 80 years in Hokuriku National Agricultural Experiment Station(143 varieties). The total number of ancestors increased from 1980s and doubled during the last 10 years, and the number of lines in the yield test was 1122. The Hokuriku lines had only a few ancestors. The average of the coefficient of parentage between Koshihikari and the 16 Hokuriku Lines used for the yield test was 0.463. The coefficients of parentage between Koshihikari and these 16 Hokuriku Lines were not significantly correlated with eating quality. Since 86% of the breeding lines in the yield test (44 lines) were progeny of Kinuhikari, Kinuhikari descended from Koshihikari was considered to have contributed to improvement of eating quality in rice breeding.
Key Words: Breeding cultivars of Rice, Coefficient of relationship, Eating quality, Genetic Diversity, Pedigree analysis.

 食味のレベルを維持しながら,収量,病虫害抵抗性など他形質を着実に改良するためには,食味改良に関する的確な交配母本を選定しつつ,遺伝的脆弱性 (Walsh 1981) を避けるために用いる遺伝資源の多様性を拡大し,複数の優良形質を集積させた品種育成を行う必要がある.しかしながら,2004年産の水稲うるち米の作付面積は,コシヒカリと,コシヒカリを片親に持つひとめぼれ,ヒノヒカリ,あきたこまちの4品種で67%を占め (農林水産省総合食料局計画課 2005),これらの品種はコシヒカリと同様,耐倒伏性,いもち病抵抗性が弱いという欠点を持つ.近年,コシヒカリの同質遺伝子系統 (Isogenic Lines) の育成が盛んに行われ,いもち病真性抵抗性のマルチライン (Ishizakiら 2005) や,熟期や稈長を改変した同質遺伝子系統の作出 (美濃部ら 2005) などが行われ,病害や気象災害などの回避に役立つと期待されるが,遺伝資源多様性の抜本的な拡大とはなり難い.さらに,コシヒカリと近縁度の高い系統は食味が優れるとする報告 (大里・吉田 1996) もあり,コシヒカリを片親にもつ品種も多く育成されており,2002年に作付けされた奨励品種は前述の3品種を含め25品種にのぼる (農林水産省生産局 2003).したがって,現在育成中の系統についても,コシヒカリとの近縁度が高いと予想される.しかしながら,日本で水稲の交配育種が開始されて100年を経た現在,育成系統の系譜は非常に複雑で,多数の優良形質を集積するには,育成地における育成系統の遺伝的多様性を把握しておく必要がある.

 近縁係数は2個体間の遺伝的な近さを表す値で,個体の相同遺伝子が同一の祖先遺伝子から由来した確率と定義され (Wright 1922, Kempthorn 1969, 井山 1974),家系が複雑な今日の品種の特徴を,例えば「コシヒカリとの近縁係数の値」などとして数値化できるので,家系分析を行う際に有力な指標となりうる (吉田 1998a).日本のイネ品種の近縁係数は,酒井 (1957) が両親の遺伝物質の1/2ずつを次代系統が確率的に持つとして計算を行っている.また,Dilday (1990) はアメリカ,Lin (1991, 1992) は台湾とIRRIのイネ品種について計算し,いずれも育成品種が狭い遺伝資源で構成されていると報告している.ダイズ (Delannay ら 1983) でも同様な結論が得られている.水田ら (1996) は,推論,再帰処理,リスト処理などが容易にできる推論型コンピュータ言語のProlog (柴山ら1986,大塚ら1985) を用い,ビール大麦品種のデータベース構築と血縁関係解析のためのプログラムを作り,自殖性作物の場合についての近縁係数を計算している.大里・吉田 (1996) は,このプログラムを用いて,福岡農試のイネ育成系統や,品種育成試験に供試された対照品種などの系譜を解析し,さらに食味と品種の血縁関係との解析を行っている.水稲については,このように家系分析が一部の材料で行われているが,育成地や時代により異なるため,より広範囲での育種材料についての解析が必要だと考えられる.

 北陸地域における水稲育種は,水稲の全国的な育種組織が1927年に発足したことを受け,新潟県農業試験場内に指定試験地が設置されたことから始まる (佐本・金井1975,星野・濱村 1994).その後長岡農事改良実験所を経て,1951年に北陸農業試験場に移管された.このころは,気象立地条件の異なる広範囲な北陸地域を対象とした広域適応性と,戦後の食料増産に対応して多収性に重点がおかれたが,1960年頃から機械化適応性,とくに耐倒伏性の向上に重点がおかれた.さらに,1970年頃からは減反政策や産地品種銘柄の設定などにより,特に食味を重視した育種が行われ,現在に至っている.

 そこで,本研究では育成地における材料の遺伝的多様性を把握し,優良形質の集積を図る品種育成戦略を構築することを目的として,中央農業総合研究センター北陸研究センター (旧北陸農業試験場) で過去80年以上にわたって育成された水稲品種について家系分析を行い,祖先数や世代数の推移,祖先品種や主要品種との近縁係数の観点から,どのような育成が行われてきたのか考察した.さらに,現在奨励品種決定調査に供試している系統については,コシヒカリとの近縁係数と食味との相関について検討した.

材料と方法
 材料は,中央農業総合研究センター北陸研究センター (旧北陸農業試験場および長岡農事改良実験所,新潟県農業試験場水稲育種指定試験地) において育成された地方系統番号の付与された系統 (以降北陸系統と称す) のうち,北陸4号 (農林1号,1922年育成開始) から北陸204号 (2004年奨決配付開始) までの115系統 (超多収イネや飼料イネなどの系統を除く) と,2004年に生産力検定本試験に供試した,地方系統番号を付与する前の系統28系統 (以降未配付系統と称す) の全143系統を用いた.これらについて,新品種育成成績書および水稲育成品種・系統の来歴データベース (農業技術研究機構作物研究所稲育種研究室 2004) を用いて,育成系統の交配両親名データベースを作成した.古い品種交配記録は主に農林水産省農蚕園芸局 (1989) の水陸稲・麦類奨励品種特性表を参照した.近縁係数の計算は,作成した交配両親名データベースを基に,水田ら (1996) のプログラムをWindows版に移植したもの (吉田 2004) を用いて行った.ここでは両親の遺伝物質の1/2ずつを次代系統が確率的に持つとし,純系淘汰品種,変種,突然変異系統はすべて原品種と同一とみなし,親子間の関係は交配によるものだけとして計算した.また,旭と朝日は同一品種として計算した.なお,古い祖先品種が記録上違っていることもあるが,それらの違いは計算結果に大差を生じないことが確認されている (吉田 1998b).

 このような方法により,供試系統と祖先品種やコシヒカリなど主要品種との間の近縁係数を計算した.また,系譜図中の祖先の総数 (総祖先数),総祖先数のうち重複する品種を除いた祖先数 (重複品種を除いた祖先数),系譜図内で最終 (左端) の祖先までの世代数の最大のもの (最大世代数) の3点を計算した.この計算は,近縁係数計算プログラムの一部を適宜改変して行った.

 2004年に全国の水稲奨励品種決定調査に供試された北陸系統16系統については,コシヒカリなど主要品種との近縁係数と食味との相関を計算した.食味官能試験は,北陸研究センターで標準栽培された材料について,ホウネンワセを基準品種としてパネラー20〜30名で行った.データは2002年と2003年の2か年の総合評価値の平均値を用いた.

結果と考察
1. 祖先数と世代数


 第1図に全供試系統について,総祖先数,重複品種を除いた祖先数,最大世代数を,10年ごとの平均値の推移で示した.

 総祖先数は1970年代までは横ばいであったが,キヌヒカリ (北陸122号) の配付を開始した1980年代から増加し始め,未配付系統の平均は1122であった.重複品種を除いた祖先数は,育成系統の配付を開始した1930年代から徐々に増加し,未配付系統の平均は125であった.最大世代数も1930年代から直線的に増加し,未配付系統の平均は15.2であった.一方,福岡農試育成材料 (1991〜93年) について同様の計算をした大里・吉田 (1996) は,総祖先数平均が493.5,重複品種を除いた祖先数平均が85.5と報告している.この値は北陸農業試験場において1990年代に配付した系統の値とほぼ一致している (第1図) が,その後10年で総祖先数は急激に増加し,未配付系統では2倍以上の1122となっており,新たに育成された系統を積極的に交配し,改良を積み重ねた結果であると推察される.しかしながら,重複品種を除いた祖先数の増加は総祖先数に比べて緩慢であり,利用できる交配母本の数を増やすのは容易なことではないと考えられる.

 北陸195号は,穂いもち圃場抵抗性遺伝子Pb-1を導入するため愛知96号 (後の「大地の風」) を母親として育成した系統であるが,総祖先数が4672,重複品種を除いた祖先数が174,最大世代数が22となり (データ略),他の系統より異常に高い値を示したため,第1図からは除外した.愛知96号はModanに由来する縞葉枯病抵抗性などを,多系交配や連続戻し交雑により複合抵抗性を導入した系統であり,祖先数や世代数が圧倒的に大きい.このように,栽培特性や収量,食味などを維持しながら病虫害抵抗性を導入するためには,多系交配や連続戻し交雑などが必要であることが伺える.

2. 祖先品種の寄与率
 全供試系統 (143系統) について,最終祖先品種との近縁係数 (祖先品種の寄与率) を計算し,平均値を計算したところ,最も値が大きかったのは,愛国 (0.185),次いで旭 (朝日,0.149),大場 (森田早生,0.120),亀の尾 (0.107),器量好 (神力,0.083),上州 (0.078),京都旭 (0.074) であった (第1表).同様の計算をしている大里・吉田 (1996) の報告では,愛国,旭,器量好,上州,大場,亀の尾,京都新旭の順であり,福岡農試育成の系統に比べると,北陸系統は,器量好,上州の寄与率が低くなり,逆に大場,亀の尾の寄与率が高くなっている.これは,大場,亀の尾が東北・北陸地域で広く普及したことと関係があると考えられる.
第1表 供試系統の最終祖先との近縁係数の平均と累積寄与率.
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品種名	順位	全供試系統          未配付系統のみ	
            近縁係数 累積寄与率(%) 近縁係数 累積寄与率(%)	
--------------------------------------------------
愛国	1	0.185 	18.5 	0.164 	16.4 
旭	2	0.149 	33.4 	0.144 	30.8 
大場	3	0.120 	45.4 	0.125 	43.3 
亀の尾	4	0.107 	56.1 	0.098 	53.1 
器量好	5	0.083 	64.4 	0.089 	62.0 
上州	6	0.078 	72.2 	0.083 	70.3 
京都旭	7	0.074 	79.6 	0.072 	77.5 
--------------------------------------------------
最終祖先との近縁係数×100を寄与率(%)とした.
 全供試系統に対する祖先品種の寄与率は,上位3品種合計で45.4%,5品種で64.4%,7品種で79.6%を占めていた (第1表).一方,未配付系統では,最終祖先の近縁係数の順は前述と同じで,寄与率でみると,上位3品種合計で43.3%,5品種で62.0%,7品種で77.5%で,全供試系統で計算した場合より低い値となっており,現在育成中の系統ではこれら最終祖先の寄与率がやや低下していることが示された.このように若干の違いはあるが、愛国の寄与が最大で、旭 (朝日) がそれに次ぐことは,酒井 (1957),大里・吉田 (1996) の報告と同様であり,本供試材料でも比較的狭い範囲の遺伝資源から構成されていることが明らかになった.

3. 供試系統と主要品種および最終祖先品種との近縁係数

第2図に全供試系統平均で最も値の高かった対コシヒカリ近縁係数,次に平均値の高かった対どんとこい近縁係数,最終祖先品種のうち最も近縁係数の高かった対愛国近縁係数の推移を示した.対愛国近縁係数は1950年代にピークを示した後は減少している.育成系統のうち最も近縁係数が高いコシヒカリとの近縁係数は,トドロキワセ (北陸76号) 育成の1960年代に急激に上昇し,1980年代にやや減少したものの,現在も高い数値を示しており,2004年に奨励品種決定調査に供試した北陸系統の平均値は0.463となっている (第2表).コシヒカリが直接交配母本となったのは,最大の近縁係数 (0.759,第2表) を示し,1977年に配付を開始した北陸107号 (レイメイ/コシヒカリ//コシヒカリ) が最後であるが,それ以降もコシヒカリとの近縁係数が上昇している.これは,コシヒカリを直接交配しなくても,交配母本となる系統のコシヒカリとの近縁度が高いためであると推測される.

 育成過程で選抜が加わっていることから,実際の近縁度は数字通りではないであろう (東 1996) が,両親の遺伝物質の1/2ずつを次代系統が持つことについては,Martin (1982) がダイズで強度の選抜を行っても70%の遺伝物質を持つ系統を選抜する見込みはないので,後代系統は遺伝物質の半分ずつを持つという仮定は妥当であると報告している.さらに,内村ら (2004) はオオムギにおいて,分子マーカーより検出したDNA多型を基に算出した遺伝距離と近縁係数との間に相関関係を認めている.この理由として,選抜の対象となる重要な農業形質に関与する遺伝子と,解析に使用した任意の分子マーカーが連鎖している可能性が極めて低く,選抜の影響がなかったため,後代にほぼ均等に分離していったと推定している.従って,本研究における近縁係数を用いた解析は,全ゲノムを対象とした遺伝的背景を捉えるという意味で有効であると考えられ,ここで得られた供試系統とコシヒカリとの近縁係数の値により,供試系統の遺伝的背景の特徴が数値化できたと言えよう.

 1990年に配付開始したどんとこいは,コシヒカリに次いで近縁係数が高いが,現在ではやや減少している. また,全供試系統と,キヌヒカリ (北陸122号) およびどんとこい (北陸148号) との近縁係数の最小値は,それぞれ0.025,0.041であり (第2表),今回供試した系統は全てこの2品種と血縁関係があることが明らかになった.この結果から,1920年代に育成を開始した直後から,少しずつ着実に改良を積み重ね,キヌヒカリやどんとこい,さらには現在育成中の系統が作られてきたことが推察される.

4. 主要品種との近縁係数と食味との関係
 第2表に,2004年に奨励品種決定調査に供試した北陸系統16系統と主要品種との近縁係数の平均値,最大・最小値,および対食味相関係数を示した.コシヒカリとの近縁係数については次章で述べる.奨決供試系統平均で,近縁係数は対どんとこいが0.492,対キヌヒカリが0.451,対農林22号が0.359などであった.対食味相関係数は,いずれの品種とも有意な相関はみられなかった.東日本では農林1号 (亀の尾由来) が良食味品種の起源とされ (山本 1986),表に示した主要品種の中では,農林1号との近縁係数と食味の間の相関が最大であったが,有意な相関はみられなかった.
第2表 供試系統と主要品種の近縁係数の平均値,最大・最小値,および対食味相関係数 (奨決供試系統のみ).
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              コシヒカリ 農林22号 農林1号 旭・朝日 亀の尾 愛国 神力 キヌヒカリ どんとこい 日本晴
----------------------------------------------------------------------------------------
全供試系統 平均   0.400   0.324  0.281  0.149  0.107 0.180 0.004 0.315  0.356  0.178 
	最大値   0.759   0.750  1.000  0.500  0.500 0.625 0.125 0.6931) 0.7312) 0.630
	最小値   0.000 	 0.000  0.000  0.000  0.000 0.000 0.000 0.025  0.041  0.000
奨決供試系統3)平均0.463  0.359  0.295  0.148  0.097 0.172 0.003 0.451  0.492  0.176
	最大値   0.578   0.409  0.361  0.198  0.117 0.193 0.006 0.6931) 0.7042) 0.339
	最小値   0.332   0.251  0.198  0.099  0.076 0.137 0.001 0.230  0.255  0.124
対食味相関係数   0.267   -0.127   0.297  -0.408  -0.094 -0.101 -0.277  0.206  0.190  -0.423 
----------------------------------------------------------------------------------------
	1):キヌヒカリを除いた値.						
	2):どんとこいを除いた値.		
	3):2004年に奨励品種決定調査に供試した16系統. 
 日本晴との近縁係数と食味とは,有意ではない負の相関 (−0.423) がみられたが,これは穂いもち抵抗性を有し,日本晴との近縁係数の最大値 (0.339) を示す北陸195号の影響が大きいためで,北陸195号を除いて計算した場合は有意ではない相関 (0.101,データ略) を示した.

 また,2004年に生産力検定本試験に供試した44系統 (奨決供試系統16系統と未配付系統では28系統) のうちの38系統がIR8を祖先に持っており (データ略),これらはすべてキヌヒカリの後代であった.したがって,現在育成中の系統の86%は,キヌヒカリを母本として改良を進めてきたものであることが分かる.


5. コシヒカリとの近縁係数と食味との関係
 2004年に奨励品種決定調査に供試した北陸系統とコシヒカリとの近縁係数の平均値は0.463であった (第2表).第3図に2004年に奨励品種決定調査に供試した北陸系統の食味と対コシヒカリ近縁係数の関係を示した.熟期と対コシヒカリ近縁係数,食味総合値の間には明確な関係はみられなかった.また,晩生群の食味が優れる傾向があるが,あらゆる熟期にコシヒカリ以上の食味の系統が存在した.コシヒカリとの近縁係数と食味の相関係数は,0.267で有意ではなかった (第3図,第2表).一方,大里・吉田 (1996) は,対照品種および育成系統について同様の計算をしているが,コシヒカリとの間の相関係数はそれぞれ0.746 (1%水準で有意) と0.583 (5%水準で有意) で,食味はコシヒカリと近縁なものが優れていたことを報告している.

 このように,2004年に奨励品種決定調査に供試した北陸系統とコシヒカリとの近縁度は直接食味と関係しないことが示された.現在の育成系統は,食味のレベルが高く,コシヒカリとの近縁係数も0.332〜0.578で中庸であることから,本試験供試材料ではコシヒカリの改良後代を利用することによる食味改善が進んでいることが推察される.

 コシヒカリは倒伏しやすく,またいもち病に弱いという欠点を持つが,コシヒカリの改良後代であるキヌヒカリおよびどんとこいは,コシヒカリの食味を維持しながらIR8の短強稈性を導入することに成功し (Tabuchiら 2000),いもち病抵抗性もコシヒカリよりは強化されている.このような特性から,キヌヒカリおよびどんとこいは,多くの育成地で耐倒伏性と極良食味を兼ね備えた交配母本として利用されている (上原ら 1999,北陸農業試験場「キヌヒカリ」および「どんとこい」育成グループ 2001).現在,キヌヒカリを親とした品種は,どんとこい (北陸農試育成),夢つくし (福岡県農総試育成),ゆめむすび (宮城県古川農試育成),ゆめひたち (茨城県農総セ育成) など16品種,どんとこいを親とした品種は,いただき (北陸農試育成),あきさやか (九沖農研セ育成),イクヒカリ (福井県農試育成) など4品種が挙げられ,これらの品種は宮城県から鹿児島県まで幅広い地域で栽培されている.

 今回の分析結果から,北陸研究センター (旧北陸農業試験場) で育成した水稲品種系統の総祖先数は,20年前から増加し始め,最近10年で2倍に増加していること,祖先品種との寄与率からみて遺伝資源の幅が狭いこと,コシヒカリとの近縁係数は食味とは関係しないことが明らかになった。さらに,今回供試した143系統は,すべてキヌヒカリおよびどんとこいと血縁関係があり,現在供試している系統のほとんどがキヌヒカリの後代であった。これは,80年前に育成を開始した直後から改良を積み重ね,コシヒカリの食味を導入したキヌヒカリを育成したこと,さらにキヌヒカリの特性を多様な品種系統と交配することにより少しずつ改良していくという,コシヒカリの改良後代利用による品種育成の経過が現れていると考えられる.

 今後も,気象災害や環境変化,社会変化に応じた需要の変化に対応できる多様な優良品種の育成のため,良食味・良品質というコメとしての商品価値を維持しながら,病虫害抵抗性や耐倒伏性,多収性等の特性の集積を目的とした育成材料の遺伝的多様性の拡大を図る必要がある.また,コシヒカリとは異質な良食味母本を探索,利用することも重要だと考えられる.さらに,このように育成された遺伝的に多様な品種を普及させる努力も求められるであろう.
謝辞:本報告で扱った交配記録などのデータは,中央農業総合研究センター北陸研究センター (旧北陸農業試験場) 稲育種研究室の諸氏によって積み重ねられたものである.ここに深く感謝します.
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