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本頁は“農業情報研究 7:97-104,1998”に掲載したものです.図表一部省略.

最終祖先間に類縁関係がある場合の近縁係数の変化

―現行作物品種を例にして―
吉田智彦
九州大学農学部,〒812-8581,福岡市東区

要旨:
 近縁係数の計算では最終の祖先品種間に類縁関係がないとしているが,最終祖先が,半きょうだい(最終祖先間の近縁係数は0.25),全きょうだい(同0.50),全きょうだいで,その両親も全きょうだい(同0.75)の場合について近縁係数の変化をみた.近縁係数が高い場合,どのような類縁関係でも変化はわずかだった.家系が単純な品種同士で,近縁係数が小さい場合,3つの祖先品種が半きょうだい位まででの変化はわずかであった.家系が複雑で最終祖先までさかのぼる世代数が10を超えるような場合,どのような類縁関係でもほとんど変化しなかった.よって最近の育成品種で近縁係数を計算するとき,古い祖先品種の類縁関係の有無はほとんど影響を与えず,既報で明らかにした水稲コシヒカリとの近縁係数と食味,ビール大麦はるな二条との近縁係数と麦芽品質の正の相関関係は,最終祖先間に類縁関係があっても成り立つものと考えられる.
キーワード: 家系分析,近縁係数,在来品種,シミュレーション,水稲,祖先,導入品種,ビール大麦


1.はじめに
 作物の品種は生産性向上に重要な役割を持っており,そのため品種改良をより効率的に行うことが求められている.より理論的・効率的な品種改良のためには,これまで育成された品種の家系を解析し,それらがどのような遺伝子源で構成されているのか,あるいは品種の家系とその品種の性能(収量・品質など)とにどのような関係があるのかといった問題を分析し,将来の育種計画策定の参考にすることが大切である.
 水田ら(1996)は交配両親名データベースが完備しておれば自殖性作物の任意の2品種間で近縁係数(Kempthorne 1969,酒井 1957)が計算できるプログラムを開発し,ビール大麦品種の遺伝的背景,品質と家系の構成との関係などの解析を行った.そして最近育成の品種はその遺伝的背景が非常に狭いこと,はるな二条との近縁度と麦芽品質とに有意な相関があることなどを明らかにした.このプログラムを使って小麦(水田ら 1996),水稲(大里・吉田 1996)についても同様な解析が行われ,水稲で,コシヒカリの近縁度と食味とに有意な相関のあることが明らかにされた.
 近縁係数の計算をする際に,古い在来品種や導入品種の来歴には諸説ありどの説をとるか,純系淘汰品種,変種,突然変異系統をどう取り扱うかなどの問題が生じるが,古い品種での来歴の差による近縁係数の計算結果には大差なく,また古い純系淘汰品種や変種は原品種と同一として計算を行っても大きな支障はないことが水稲,大・小麦で示されている.これは現在の品種が交配育種が始まってから10数世代を経ており,近縁係数の計算に関与する共通祖先品種までたどる経路は比較的新しい品種への場合が多く,古い品種の経路による計算値への寄与が少ないことによっている.
 近縁係数の計算では,最終の祖先品種(導入品種や在来品種で,他と系譜的関係がなく,交配育種の最初に使われ,家系図の端に位置する品種)相互間に類縁関係がないとしているが,この妥当性についても吟味する必要がある.しかし最終祖先品種の起源や,それらの品種間の関係について今日では不明の部分が多い.そのためここでは,最終祖先とした品種間に依然全きょうだい,半きょうだいなどの関係があるとした場合を想定し,それぞれの場合の近縁係数の計算に及ぼす影響についてシミュレーションを行った.このようにして既報で計算した近縁係数の値の妥当性について検討することは,そこで明らかにした今後の品種育成のための戦略に対するより確かな基盤を与えるものと考えられる.

2.材料と方法
 水稲では,大里・吉田(1996)で示したデータベースについてのものである.水稲では最終の祖先品種は通常の品種で多い場合30〜40程度あるが,今日の品種へ遺伝的な寄与の大きい品種の数は少なく,愛国,旭(朝日),器量好,上州,大場,亀の尾,京都新旭(この順番は寄与率の高い順)の7品種のみで福岡農試育成品種へ合計約7割の遺伝的寄与をしている.農林水産省農蚕園芸局(1989)によるとこの7品種相互間の類縁関係の記載はないが,例えば旭と京都新旭には何らかの類縁関係があるのではないかと思われる.他の品種間でも同様に何らかの類縁関係のある可能性はある.
 ここでは問題を単純化するため,これら品種が全きょうだい,半きょうだいの関係にあるとした場合の近縁係数を計算した.その際,計算は愛国と旭(朝日)の2品種がきょうだい,愛国,旭,器量好の3品種がきょうだい,愛国,旭,器量好,上州の4品種がきょうだい,・・・,7品種全部がきょうだい,との場合について計算した.また類縁関係を3段階設定するため,きょうだいの両親間には類縁関係がない場合と,両親がきょうだいである場合を想定した(図1).つまり,第一は最終祖先が半きょうだいであり,その異なる親間には類縁関係がない(このとき最終祖先間の近縁係数は0.25.以後低い類縁とよぶ),第二に最終祖先は全きょうだいであり,その両親間には類縁関係がない(同0.50),第三は最終祖先が全きょうだいで,その両親も全きょうだいで,そのまた両親は類縁関係がない(同0.75.以後高い類縁とよぶ)場合とである.
 このようにして,今日の品種に遺伝的寄与の大きい最終祖先品種が実は最終ではなくて依然0.25〜0.75の近縁度があり,最終祖先品種の内の2〜7品種が類縁である場合についてそれぞれの計算を行った.
 近縁係数はコシヒカリと日本晴,夢つくし,ちくし27号の間について計算した.日本晴は家系が比較的単純(最終祖先までたどる世代数の最大が9,家系図中の総祖先数が72)で,コシヒカリとの近縁度が低いもの,ちくし27号は家系図中の祖先品種数が多くて家系が非常に複雑なもの(最終祖先までたどる世代数の最大が17,家系図中の総祖先数が1238),夢つくしは家系の複雑性は両品種の中間で,コシヒカリとの近縁度が高いものとして選んだ(表1).対コシヒカリの近縁係数としたのは,この値が食味と相関があることと,コシヒカリとの近縁度が高まりすぎたとして育成品種の遺伝的脆弱性(Walsh 1981)を問題にするときに,近縁係数を元にすれば議論がより合理的に行えることなど,コシヒカリとの近縁度が今日の育成品種の遺伝的背景として重要な意味を持つためである  近縁係数の計算は,水田ら(1996)に示した方法で,図1の交配両親名データを逐次データベースに追加しながら行った.
 ビール大麦についても同様な計算を水田ら(1996)に示したデータベースを用いて行った.ビール大麦では,ゴールデンメロン,シバリー,Hannna,Duckbill(最後の2品種は札幌7号の両親)で70%以上の寄与率となるので,これら4品種に類縁関係があると想定した.近縁係数は,はるな二条とあまぎ二条,アサカゴールド,吉系38,吉系43の間について計算した.あまぎ二条は家系が比較的単純で,はるな二条との近縁度が低いもの,吉系43ははるな二条との近縁度が高いもの,吉系38は家系図中の祖先品種数が多くて家系が複雑なもの,アサカゴールドは家系の複雑性やはるな二条との近縁度が中間的なものとして選んだ(表1).

3.結果と考察
 図2に水稲での計算結果を図示した.コシヒカリと夢つくしの近縁係数は0.767であったが,最終祖先の内の愛国,旭(朝日),器量好の3品種が高い類縁の関係にあるとすると近縁係数は0.775,7品種全部がそうであるとすると近縁係数は0.809になった.コシヒカリとちくし27号の近縁係数では,0.508が同様な場合に0.549,0.721とになった.コシヒカリと日本晴とでは,0.245が0.306と0.644とになった.最終祖先の内の愛国,旭(朝日),器量好の3品種が低い類縁の関係にあるとすると,コシヒカリと夢つくしの近縁係数は0.769,7品種全部がそうであると0.781になった.ちくし27号では,0.508の値が同様な場合に0.521,0.578とになった.日本晴では,0.245が0.265と0.378とになった.
 このように最終祖先に依然類縁関係があると近縁係数の計算値は当然大きくなるが,その程度は状況によって異なり,1.類縁関係にある祖先の数が多い場合,2.祖先間の類縁の程度が高い場合,3.対象とする元の近縁係数の値が小さい場合に,より大きな値となった.しかしコシヒカリと夢つくしの間の場合のように近縁係数が0.767と高いと,たとえ全祖先間が高い類縁の関係にあっても近縁係数の変化はわずかであった.また,日本晴のように家系が単純で,コシヒカとの間の近縁係数が0.245と比較的近縁度が低い場合には,祖先間の類縁の程度が高まったり,類縁関係にある祖先数が増えると急速に近縁係数が高まるが,祖先間が低い類縁で,祖先3品種が類縁関係にある場合位までは近縁係数の変化はわずかであった.
 ビール大麦での同様な計算結果を図3に示した.はるな二条と吉系43の間の場合のように近縁係数が0.668と高いと,近縁係数の変化はわずかであった.あまぎ二条のように家系が単純で,はるな二条との間の近縁係数が0.265と比較的小さい場合には祖先間の類縁の程度が高まったり,類縁関係にある祖先数が増えると急速に近縁係数が高まった.アサカゴールドと吉系38を比較すると,アサカゴールドでは近縁係数の増加程度が大きかったが,吉系38では値の増加は少なく,祖先間が高い類縁である以外の場合はたとえ全祖先が類縁関係にあっても値はあまり変わらなかった.これは吉系38の家系中の祖先数が多く,最終祖先までたどる世代数が多いので,最終祖先の類縁の程度や,類縁関係のある祖先品種の数にあまり影響されないものと考えられる.
 最終祖先品種間の実際の類縁関係を推定するのは困難であるが,例えば水稲でここでの7品種が実は全部全きょうだいであった,ということは多分ないであろう.一方,現在の育成品種に遺伝的寄与の大きい3つの祖先品種が実は半きょうだいであった,ということ位の可能性は高い.しかしその場合でも,家系図中の総祖先数が12と72の構成である一昔前の品種間(コシヒカリと日本晴)でも,その近縁係数の計算にはほとんど影響を与えないことがわかった.また,最近の育成品種で家系がより複雑で,最終祖先までたどる世代数が10を超えるような場合には,その近縁係数の計算に与える祖先の類縁関係の影響は,たとえそれが高い類縁であっても,ほとんどなかった.ビール大麦でもほぼ同様な傾向であった.このことは,既報で明らかにした水稲コシヒカリとの近縁係数と食味,ビール大麦はるな二条との近縁係数と麦芽品質の正の相関関係は,たとえ最終の祖先に類縁関係があっても成り立つことを示すものといえよう.
 以上のことから,今日の育成品種について近縁係数を計算する場合,交配の最初に使われた導入品種や在来品種間の類縁関係の有無は計算結果にあまり影響を与えないといえよう.既報で,古い品種の来歴の違いや,純系淘汰品種を原品種とみなすなどとした家系の単純化は,共に計算結果に大差をもたらさないことも示した.これらのことから,水稲,大・小麦の最近の育成品種について家系分析をする際には交配記録の確かなものについてのデータを基にして行えばよく,古い品種の来歴について細かく配慮をする必要はあまりないので,各育成地での育成品種について積極的に家系分析を行い,より合理的な育種計画を構築し,広く公開されることを期待する.

4.引用文献
1)Kempthorne, O. (1969) 「An Introduction to Genetic Statistics」, Iowa State University Press, Iowa, U.S.A., 72-80pp.
2)水田一枝・佐々木昭博・吉田智彦(1996)近縁係数のためのPrologによるコン
ピュータプログラムとそのビール大麦品種の近縁関係の解析への応用.農業情報
研究 5:19-28.
3)大里久美・吉田智彦(1996)イネ育成系統の近縁係数およびその食味との関係.育雑46:295-301.
4)農林水産省農蚕園芸局 (1989) 「水陸稲・麦類奨励品種特性表」,農業技術協会,東京,262pp.
59酒井寛一 (1957) 植物育種法に関する理論的研究 X.自殖性作物の育種にお
ける近縁係数の応用.育雑 7:87-92.
6)Walsh, J. (1981) Genetic vulnerability down on the farm. Science 214:161-164.
Modification of a Coefficient of Parentage Assuming the Existence of Mutual Relationship among Original Introductions ―In case of modern cultivars of rice and barely―
Tomohiko Yoshida
Faculty of Agriculture, Kyushu University, Fukuoka 812-8581 Japan.

Summary
A coefficient of parentage is computed with the assumption that original introductions used for the first crossings are not related to each other. The values might change if they were related. The effects of the degree of kinship on the value was simulated with the assumption that original introductions were full-sibs ( assuming that their parents were not related, i.e.; the coefficient of parentage between original introductions was 0.5), half-sibs(0.25), or full-sibs of full-sibs(0.75). When the coefficient of parentage between two cultivars was low and they had a simple pedigree, the increase of the value was large with the increase of kinship or the number of introductions related. But when the coefficient of parentage was high or the cultivars had many generations from the introductions, the kinship had little effect on the value. It can be safely assumed that coefficients of parentage for modern cultivars are calculated with little bias even if original introductions are closely related to each other. It also shows that the findings reported by the author about the high quality of rice and barley cultivars related to the leading variety are valid.

Key Words : Ancestor, Coefficients of parentage, Crossing record, Introduction, Local variety, Malting barley, Pedigree analysis, Rice, Simulation
表1.近縁係数計算に用いた水稲とビール大麦品種の家系の構成
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 品種名     総祖先数1) 除く共通2) 最大世代数3) 近縁係数4)
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水稲
 コシヒカリ     12    11          3      1.000
 日本晴        72    40          9      0.246
 夢つくし      142    52         13      0.767
 ちくし27号  1238    119         17       0.508
ビール大麦
 はるな二条    14   11        6      1.000
 あまぎ二条   38    24        7     0.265
 アサカゴールド 76    37       7      0.456
 吉系38     220    42       12      0.367
 吉系43     152    36        10      0.668
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1):家系図中にでてくる祖先品種の総数.2):祖先品種の内共通なものを除いた数.
3):最終祖先までたどる世代数の内最大のもの.4):水稲は対コシヒカリ,ビー
ル大麦は対はるな二条の値で,最終祖先間に類縁関係がないと仮定したとき.

0.25     ┌親1     ┌親1        ┌親1 
   旭(朝日)│    愛国│     器量好│   ・・・
       └親2     └親3        └親4 

0.50        ┌親1   ┌親1     ┌親1
    旭(朝日)│    愛国│    器量好│   ・・・
         └親2      └親2      └親2 
                                       
0.75  ┌親3     ┌親3         ┌親1   ┌親1    ┌親1
    親1│     親2│     旭(朝日)│    愛国│     好量好│   ・・・ 
      └親4    └親4       └親2    └親2    └親2

図1.最終祖先品種が半きょうだい(0.25),全きょうだい(0.50),全きょうだ
いでその両親が全きょうだい(0.75)の類縁関係に依然あると想定した場合の家
系図.ここに記した以外の類縁関係はないものとする.数字は最終祖先品種間の
近縁係数.


図2(左).水稲の最終祖先品種が半きょうだい(0.25),全きょうだい(0.50),全き
ょうだいでその両親が全きょうだい(0.75)の類縁関係に依然あるとした場合の
近縁係数.コシヒカリ対夢つくし,ちくし27号,日本晴の近縁係数について,
元の値(無関係),愛国と旭の2品種,愛国,旭,器量好の3品種(+器量好),
愛国,旭,器量好,上州の4品種(+上州),・・・,7品種全部(+京都新旭)
が類縁関係ある場合の変化について示した.

図3(右).ビール大麦についての図2と同様な計算結果.

[元データ]

   無縁  愛国+旭 +器量好 +上州 +大場 +亀の尾 +京都新旭
25%1 0.7670  0.7683 0.7695 0.7707 0.777  0.7811  0.7811
  2 0.2456  0.2529 0.2657 0.2763 0.3132  0.3316  0.3785
  3 0.508  0.512  0.5212 0.5295 0.5517  0.5639  0.5787
50%1 0.767  0.7699  0.7723 0.7747 0.7874  0.7953   0.7953
  2 0.2456  0.2603 0.2858  0.3071 0.3808  0.4177  0.5114
  3 0.508  0.5164 0.5349 0.5514 0.5959  0.6202  0.6499
75%1 0.767  0.7714 0.7751 0.7786 0.7976  0.8096  0.8096
  2 0.2456  0.2675 0.306  0.3378 0.4484  0.5037  0.6444
  3 0.508  0.5208 0.5486 0.5733 0.6401  0.6766  0.7211

   無関係 ゴールデンメロン,シバリー +Hanna +Duckbill
25% 0.4567  0.4783  0.4956  0.5129
  0.3671  0.3793  0.3878  0.3963
  0.2656  0.3031  0.3306  0.3582
	0.6689	0.6767	0.6799	0.683
	無関係	ゴールデンメロン,シバリー	+Hanna	+Duckbill
50%	0.4567	0.4998	0.5344	0.5691
	0.3671	0.3915	0.4085	0.4255
	0.2656	0.3405	0.3957	0.4509
	0.6689	0.6846	0.6909	0.6972
	無関係	ゴールデンメロン,シバリー	+Hanna	+Duckbill
75%	0.4567	0.5213	0.5733	0.6253
	0.3671	0.4037	0.4292	0.4547
	0.2656	0.378	0.4608	0.5435
	0.6689	0.6924	0.7019	0.7113


以上