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本頁は日作紀 78に掲載.  解説付き.


家系分析Webの作成と利用

吉田智彦1)・Anas1)・稲葉輝2)
1)宇都宮大学農学部,2)ソフネック株式会社)

要旨:作物品種の家系分析をオンラインで行うことのできる家系分析 Webを作成した.本システムでは,利用者は各自の交配両親データを用いて,家系図作成,家系図中の祖先数,遡る世代数,近交係数,任意の2品種間の近縁係数を計算できる.イネ,コムギ,オオムギ,イチゴ,サツマイモ,ジャガイモの最近の品種の交配両親名データベースも同時に公開したので,それに各自の材料についてのデータを追加して利用可能である.家系が複雑になった最近の品種についても分析可能であった.ただしあまりに複雑な計算は時間制限により実行できない場合があった.最近のイネ品種は総祖先数が 500〜1000の場合があり,コシヒカリとの近縁度が高いが,古い品種である農林1号や農林22号との近縁度も依然高かった.このように,本 Webを使うことで複雑になった品種の家系の複雑さや家系間の関係を数値化することができ,その値を用いて農業形質との関係をさらに解析することが可能である.
キーワード:家系分析,近縁係数,近交係数,交配記録,CGI,祖先数.

Construction and Use of Pedigree Analysis Web
Tomohiko Yoshida1), Anas1) and Tell Inaba2)
(1)Fac. of Agr., Utsunomiya Univ.; 2)SOFNEC Co., Ltd.)
Online web service system for a pedigree analysis was constructed. In this service, coefficients of parentage, inbreeding coefficients, numbers of ancestors in pedigree, etc., are calculated through online. Crossing records of modern Japanese cultivars of rice, wheat, barley, potato, sweet potato and strawberry are also provided. Users can add thier own data to the record and use this system freely. Pedigree complexity of modern cultivars and pedigree relationship between them can be expressed as numerical data. Several informative results were obtained, though there is a restriction of computing time. Some modern rice cultivars in Japan have 500 - 1000 total ancestors and have a high coefficient of parentage to Koshihikari but they still have a high value to old cultivars, Norin 1 and Norin 22. Using this Web, complicated modern cultvars can be numerically expressed in numbers, which can be used for further analysis with agronomic characters.
Key words: Ancestor, CGI, Coefficient of inbreeding, Coefficient of parentage, Crossing record, Pedigree analysis.

 作物の家系分析とは,品種の家系を解析してそれらがどのような遺伝子源で構成されているのか,あるいは家系とその品種の性能 (収量・品質など) とにどのような関係があるのかといった問題を分析することである.ただしこの場合,単純な遺伝をする耐病性などの形質についてでなく,主に収量や品質などの量的な形質について扱う.家系分析のために家系図中の祖先の数,最終の祖先まで遡る世代数,ある品種との近縁係数,栄養繁殖作物での近交係数などを計算すると,複雑な系譜を持つ最近の品種が数量的に表わされ,それらの数値と農業形質との解析が可能になってくる.また,分子遺伝学的な解析を行って,それと品種の系譜との関係を検討することも求められている.

 これらの分析のための計算ソフトは,当初はMS-DOS版が (水田ら 1996),さらにその Windows版が既に開発されており (吉田 2004),それを用いてイネの収量品質などと家系との関係 (太田ら 2006,重宗ら 2006,佐藤・吉田 2007),栄養繁殖作物での近親交配程度 (稲葉・吉田 2006,田口ら 2006) などが報告されている.

 ここでは,より広い関係者に家系分析を簡単にしてもらうため,この計算ソフトをオンライン化して誰でも使用可能にしたシステムの概要と使用例を紹介する.

材料と方法
 計算プログラムの本体は知識情報処理によく用いられているプログラム言語の Prolog (ソフネック社,AZ-Prolog) を用いた (柴山ら 1986).その推論,バックトラックなどの機能を利用し,プログラムは極めて単純になっている (水田ら1996).まず交配両親名データベースを用意し,そのデータから,家系図作成,家系図中の祖先数計測,最終祖先迄の世代数計測,近交係数計算,任意の2品種間の近親係数計算を行う.それらプログラムを CGI (common gateway interface) 化することで Web対応とした.宇都宮大学農学部内のサーバーに設置した.ホストコンピュータの安全確保のため,計算時間や述語の制限などがなされている.日本語版とともに英語版をも用意した.

 本サービスは URL;http://www.d1.dion.ne.jp/~tmhk/yosida.htmからリンクされており,マニュアルを経由して入ることができる.使用者の制限はない.

 同時にイネ (品種数 659),コムギ (同 276),オオムギ (同 318),イチゴ (同 32),サツマイモ (同 130),ジャガイモ (同 108) の最近の品種を含む交配両親名データベースファイルも公開してあり,マニュアル経由でダウンロードできる.それに各自の材料についてのデータを追加して利用が可能である.データ記載法の詳細などはマニュアルに記した.なお,古い品種の来歴の違いについては,最近の品種を計算対象とするとき結果に大差ないことが確かめられている (吉田 2003).

結果と考察
 第1図に本家系分析 Webの画面 (日本語版) を示した.画面上の 1〜5の操作をすることで 6に結果が表示される.まずデスクトップにダウンロードされた data1.txt (イネの交配両親名データ例示ファイル) を読み込んだ.そのデータ内容の一部が上の窓に示されている.交配両親名データは;
 rr (品種名,母親名,父親名).
の形をしている.漢字データも可能であるが,ここではローマ字表記のデータベースとしている.

 次に自殖作物,他殖作物,計算の種類をボタンで選択する.第1図は読み込んだデータからコシヒカリとナゴユタカ間の近縁係数を計算させたものであり,その結果が下の窓に示されている (結果表示の一部は省略している).答えは 0.187…,である.

 実例として第1表に,水稲 2007年産収穫量上位 10品種について,祖先数などや主要品種との間の近縁係数を計算した結果を示す.10品種平均で,家系図中の総祖先数は 319,内共通なものを除くと 73,家系図の端までの世代数は 12,対コシヒカリ近縁係数は 0.539であった.総祖先数は 500〜1000のものがあり,最近の品種の系譜が非常に複雑になっており,家系図を見るだけでは特徴を述べることが不可能なことを示している.コシヒカリと近縁度の高い品種が多いが,古い品種である農林1号や農林22号との近縁度も依然高かった.このように数値化されたので,これらの値と農業形質との関係を解析することで,さらに有益な情報が得られるものと考えられる.

 この 10品種相互間の計算は時間制限により実行できなかった.5品種相互間は計算可能であった (結果の表示は省略).これほど複雑でない品種の場合では,10品種を超えてもそれら相互間の計算は可能であろう.

 栄養繁殖作物の育種では,手持ちの材料相互間の交配による近交弱勢が懸念される.近親交配の程度 (近交係数) と収量・成分との関係の解析,育種素材の近交係数値がどの程度であるか,その中で近交係数の小さくなる組合せがあるか (吉田 1985),などは育種担当者の大きな関心事と思われる.交配両親データを用意するだけで,本Webを利用すればこれら解析が容易である.

 多数の分子マーカーから計算した多次元空間内距離と,家系から統計的に計算した近縁係数とに有意な相関のあることがオオムギ,コムギで報告されている (内村ら 2004,小林・吉田 2006).この両者の解析はお互い補い合いながら,より深化した解析を今後可能にするであろう.

 以上のように,本 Webは誰でも利用することができ,簡単で,多くの貴重な解析が可能である.

家系Webの画面
第1図 家系分析Webの画面.
これはURL; http://www.d1.dion.ne.jp/~tmhk/yosida.htmからマニュアル経由でリンクされている.画面上で 1〜5の操作をすることで 6に結果が表示される.

第1表 水稲主要品種の家系の特徴.						
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順位	品種名	   祖先数	除共通	世代数	対コシ	愛国 旭,朝日 亀の尾  農林1号 農林22号
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
1	コシヒカリ	12	11	3	1.000 	0.250 	0.125 	0.125 	0.531 	0.531 
2	ひとめぼれ	162	51	12	0.796 	0.215 	0.116 	0.109 	0.417 	0.473 
3	ヒノヒカリ	226	70	12	0.608 	0.184 	0.130 	0.078 	0.292 	0.455 
4	あきたこまち	136	64	11	0.615 	0.286 	0.237 	0.070 	0.308 	0.454 
5	はえぬき		360	84	12	0.535 	0.245 	0.237 	0.109 	0.307 	0.411 
6	キヌヒカリ	130	53	12	0.534 	0.152 	0.099 	0.090 	0.348 	0.309 
7	きらら397	220	71	11	0.244 	0.173 	0.035 	0.071 	0.263 	0.107 
8	つがるロマン	472	96	14	0.412 	0.210 	0.217 	0.105 	0.243 	0.347 
9	ななつぼし	908	114	15	0.350 	0.239 	0.043 	0.100 	0.291 	0.189 
10	ほしのゆめ	560	117	13	0.300 	0.193 	0.077 	0.063 	0.249 	0.176 
	平均	    319 	73 	12 	0.539 	0.215 	0.132 	0.092 	0.325 	0.345 
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祖先数; 家系図中の祖先総数,除共通;共 通品種除いた数,世代数; 家系図端までの世代数.	
対コシ; 対コシヒカリ の近縁係数,その右も対記載品種との近縁係数.
2007年産収穫量の上位 10品種とした.	


引用文献
稲葉幸雄・吉田智彦 2006.近年育成されたイチゴ品種の近親交配の程度および近交係数と
 収量の関係.園芸学研究 5:219―225.
小林俊一・吉田智彦 2006.コムギおよびオオムギにおける家系図から計算した近縁係数と
 分子マーカーから推定した遺伝的距離との関係.日作紀 75:175―181.
水田一枝・佐々木昭博・吉田智彦 1996.近縁係数のためのPrologによるコンピュータプロ
 グラムとそのビール大麦品種の近縁関係の解析への応用.農業情報研究:19―28.
太田久稔・安東郁男・吉田智彦 2006.関東系統の近縁係数によるイネ育成系統の分類およ
 び葉いもち病,食味との関連.日作紀 75:159―164.
佐藤弘一・吉田智彦 2007.水稲福島県育成系統の家系分析.日作紀 76:238―244.
柴山悦哉・桜川貴史・荻野達也 1986.<岩波コンピューターサイエンス>Prolog-KABA入門.
 岩波書店,東京.1―301.
重宗明子・三浦清之・笹原英樹・後藤明俊・吉田智彦 2006.北陸研究センターで育成した
 水稲品種系統の家系分析.日作紀 75:153―158.
田口和憲・中司啓二・高橋宙之・岡崎和之・吉田智彦 2006.テンサイ一代雑種の近縁係数と
 収量.育種学研究 8:151―159.
内村要介・古庄雅彦・吉田智彦 2004.二条大麦品種における近縁係数と分子マーカーから推
 定した遺伝的距離との関係.日作紀 73:410―415.
吉田智彦 1985.カンショ育成系統の近交係数.育雑 35:464―468.
吉田智彦 2003.数種の栄養繁殖作物で近年育成された品種の近親交配の程度.日作紀 72:
 309―313.
吉田智彦 2004.Windowsによる作物品種の家系分析用Prologプログラムの作成.日作関東支
 部報 19:54―55.

発表論文の本文はここまで.

解説;

家系分析プログラムは,当初 MS-DOS版による Prolog-KABA & Wingを利用して作成した.もう 20年前のことである.MS-DOSと言っても分からない世代が最早多数派かもしれない.要するに Windowsの前の話である.だから,計算するには古い昔のパソコンを保存しておいて行い,結果の作図などの再利用にはフロッピーディスク(これも説明必要か?)にデータを落とし,そのディスク読み取り器を付けた Windowsパソコンで読み込む,という綱渡りを最近までしていた.

2004年にやっと MS-DOS版を Windows (SOFNEC社 AZ-Prolog) 版へ移植した(その経過).これで一応誰でもできるはず,やれやれとしたのだが,世の中の進歩は早く,AZ-Prologの新版の説明を読むと,なんやら CGIで On-line利用とかいう文章があるではないか.ここまでの Prologプログラム作成や Windows版移植も手探り,試行錯誤でやってきたので,内容を完全に理解しているとは言い難い状態であったが,この CGIだなんだというのは追い打ちをかける全く異次元の響きであった.

しかし,この家系分析プログラムがオンラインで動く (かもしれない),というのは,無視,あるいは考えないようにするには魅力が大き過ぎ,ずっと気になってきた.Windows版移植のときもそうであったのだが,今回もグズグズなかなか行動しなかったが,独力では到底できるワザでもなく,そこで SOFNEC社へ協力依頼を2007年末にした.

大変立派な家系分析の Web版が完成し,なんでもっと早く行動しなかったのかとのいつもの反省です.しかし,これでホントに家系分析プログラムを誰でも利用できる形にすることができたとの満足感と,責任を果たせたかなとの思いです.大いに利用して下さい(2008.7.28).  

以上