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本頁は“日作紀 67:101-,1998”に掲載したものです.図表一部省略.

水稲良食味育成品種の遺伝的背景

吉田智彦*,1)・今林惣一郎2)
(1)九州大学・2)福岡県農業総合試験場)
1997年8月16日受理.*連絡責任者 (〒812-81福岡市九大農学部.yoshidat@agr.kyushu-u.ac.jp)

要旨:最近育成の水稲良食味品種の遺伝的背景を明らかにし,普及品種の遺伝的ぜい弱性を避ける方策を探った.福岡農試で良食味を目標にして育成された17品種 (良食味品種群) と,主要な新旧27品種との間の近縁係数を計算した.また九州農試と宮崎農試で育成された多収耐病虫性の6品種 (多収品種群) についても同様な計算をした.コシヒカリとの間の近縁係数は,良食味品種群では平均で0.477と高かったが,多収品種群では0.161と小さかった.多収品種群と近縁度の高かった品種はシンレイ,トヨタマ,ホウヨク,十石など過去に北部九州に広く普及していた品種で,一方これら品種と良食味品種群との近縁係数は小さかった.シンレイ,トヨタマなどは地域に適した遺伝的背景を有していると考えられので,今後の新品種育成のためには,良食味を維持しつつ,これら品種に集積されてきた有用遺伝子を積極的に導入する必要があると考えられる.
キーワード:遺伝的ぜい弱性,家系分析,近縁係数,食味.
Genetic Background of Highly Palatable Cultivars of Rice: Tomohiko Yoshida*,1) and Souichirou Imabayashi2) (1) Fac. of Agr., Kyushu Univ., Fukuoka 812-81, Japan; 2)Fukuoka Agric. Res. Cent.)
Abstract: The genetic background of the highly palatable rice cultivars developed by Fukuoka Agric. Res. Cent. was studied and compared with the high yield cultivars developed by Kyushu Natl. Agr. Exp. Stn. and Miyazaki Agr. Exp. Stn. The coefficients of parentage between these cultivars and several major cultivars were computed. The highly palatable cultivars showed high values of coefficient of parentage with 'Koshihikari', a renowned highle palatable cultivar. The high-yield cultivars showed low values of coefficient of parentage with Koshihikari, while showing high values of coefficient of parentage with 'Shinrei', 'Toyotama', 'Hoyoku' and others, which used to be grown extensively in northern Kyushu and were believed to have wide adaptability there. These cultivars showed low values of coefficient of parentage with highly palatable cultivars. It was recommended to introduce the genes of the germplasm with wide adaptability to future highly palatable cultivars in order to avoid genetic vulnerability. Key Words: Coefficients of parentage, Genetic vulnerability, Palatability, Pedigree analysis.

育成品種がどのような遺伝的背景であるかを明らかにすることは,今後の育種計画を策定する際や,新品種の適切な普及にとって役立つところが大きい.品種の遺伝的背景を解析するために,品種間の血縁関係を数量的に表す近縁係数 (coefficient of parentage) がよく用いられる (Kempthorne 1969).水稲の近縁係数については,日本の古い品種 (酒井 1957),米国の品種 (Dilday 1990),台湾やIRRIの品種 (Lin 1991,1992) などについて計算されている.最近の日本品種では,福岡県の育成品種などとコシヒカリの間 (大里・吉田 1996) について計算されているが,コシヒカリ以外の多数品種と日本の品種の間の計算例はない.  本報告では,良食味を目標に福岡県で育成された水稲品種について,コシヒカリ以外の品種との近縁関係も調べるため,多くの新旧主要品種との間の近縁係数を計算した.また九州農試と宮崎農試で育成された北部九州における多収の基幹品種についても同様な計算を行い,その違いや,将来の新品種育成について考察した.

材料と方法
 古い品種の交配両親名は主に農林水産省農蚕園芸局 (1989) を参考にし,既報 (水田ら 1996) の方法で近縁係数を計算した.なお,旭と朝日は同一品種とし,純系淘汰品種,変種,突然変異系統はすべて原品種と同一とし,また連続戻し交配を行って育成された品種は反復親と同一とみなした.福岡農試で良食味を主目標にして近年 (1990〜96年) 育成され,地域適応性検定試験に供試された“ちくし1号〜30号”のうち,同一の交配組合せからなるものを除く17品種 (以後良食味品種群と略す) と,第1図左欄に示す新旧の主要27品種との間の近縁係数を計算した.また,九州農試と宮崎農試で多収耐病虫性を主目標に一昔前 (1969〜88年) に育成され,北部九州に適応したレイホウ,ニシホマレ,ツクシホマレ,ヨカミノリ,西海176号,西海190号の6品種 (多収品種群と略す) についても同じ計算をした.

結果
 第1図に良食味品種群と多収品種群別に,各品種との間の近縁係数を平均値で示した.ただし同一品種同士があるときはその組合せを除いて平均した.図の上部には良食味品種群との近縁係数が多収品種群との近縁係数より大きい品種を,中央部には同程度の品種を,下部には多収品種群との近縁係数が大きい品種を配置した.
 良食味品種群は,コシヒカリとの間の近縁係数の平均が0.477,コシヒカリとの交配で育成された初星,キヌヒカリとがそれぞれ0.414,0.331と高い値であった.他に農林22号,黄金晴,月の光との近縁度が高かった.一方,多収品種群はコシヒカリとの間の近縁係数は0.161であり,良食味品種群での値に比較してかなり小さかった.
 日本晴との間の近縁係数は良食味品種群で0.327,多収品種群では0.306と,両群間であまり差はなかった.旭・朝日や,器量好 (選一,神力の原品種または異名) との間の値は両群ともに0.13〜0.10で同程度の近縁度であった.金南風や,家系にその血を引くと食味が劣るとされた (櫛渕・山本 1989) 陸稲戦捷とでは両群ともに近縁度が小さかった.両群ともに近縁係数が0.3以上で,幅広く北部九州の品種に寄与したと考えられるのは農林22号と日本晴であった.
 多収品種群と近縁度の高かった品種はシンレイとトヨタマであった.これらは1970年代から1980年代前半の北部九州の基幹品種であり (農林水産省農蚕園芸局 1989),ホウヨクを祖先とした品種である.ホウヨクは1960年代の北部九州の基幹品種で,十石と全勝26号を両親としている.それら品種の良食味品種群との近縁係数は多収品種群との値よりもかなり小さかった.すなわち,それら品種と良食味品種群の近縁係数は,シンレイが0.246 (多収品種群では0.415),トヨタマが0.177 (同0.413),ホウヨクが0.043 (0.282),全勝26号が0.026 (0.152),十石が0.021 (0.141) であった.また,ホウヨクやトヨタマを祖先とする1980年代の基幹品種であるツクシホマレでの値は,同様に0.223 (0.369),レイホウは0.181 (0.289),ニシホマレは0.173 (0.273) で,良食味品種群との近縁度は多収品種群とよりも低かった.

考察
 本研究により,最近育成された良食味品種と,一昔前に育成された多収耐病虫性品種の遺伝的背景がかなり異なることを数量的に明らかにすることができた.暖地の品種についての解析によれば,良食味品種育成の可能性は交配両親が良食味であり,コシヒカリとの近縁度が高くなる交配によって高まる (大里・吉田 1996).事実,良食味を主要目標として育成された品種はコシヒカリやコシヒカリを親とした品種との近縁度が高かった.寒地では事情がやや異なる可能性はあろうが,良食味品種の育成に交配親が重要であることに変わりはない(佐々木 1997).一方,食味が主な育種目標になる以前に育成された品種はコシヒカリとの近縁度が低く,それらの品種の育種目標が食味をあまり重要視していなかったことを示唆している.
 昨今の情勢からは品種育成が良食味を主な目標にし,そのため育成品種とコシヒカリの近縁度が高まることはある程度止むを得ない.普及品種の遺伝的背景が狭くなり,特定品種との近縁度が高まると病虫害への抵抗性不足などの“遺伝的ぜい弱性 (Walsh 1981)”が懸念される.過去に北部九州に広く普及していた品種は多収性,各種病虫害への抵抗性など,地域に適した遺伝的背景を有していると考えられる (岡田 1979).例えば1980年代の代表的な基幹品種のニシホマレは食味がやや劣るものの,安定多収のみでなく玄米・精米の外観品質も優れている (内山田ら 1980).本研究で,良食味品種はこれら品種との近縁度が比較的低いことを示した.今後の新品種育成のためには,良食味を維持しつつ,これら品種に集積されてきた有用遺伝子を積極的に導入し,普及品種の遺伝的ぜい弱性を避ける必要があると考えられる.
 育成品種の遺伝的背景が狭くなる危険性は常に指摘されており,水稲においても遺伝的背景を拡大する必要性が述べられている (井辺 1991) が,日本の水稲品種の遺伝的背景を数量的に把握した上での議論はいままであまりなかった.本研究での数量的な解析結果により,水稲品種の遺伝的背景がより明確になり,今後の新品種育成がより合理的に行えるようになると考えられる.
謝辞:本論文の取りまとめにあたり,和田学博士から貴重なご意見を賜った.

引用文献
Dilday, R.H. 1990. Contribution of ancestral lines in the development of new cultivars of rice. Crop Sci. 30:905−911.
井辺時雄 1991. 良食味水稲品種の育成と今後の方向. 農業および園芸.66:575−581.
Lin, M.S. 1991. Genetic base of Japonica rice varieties released in Taiwan. Euphytica 56:43−46.
Lin, M.S. 1992.Ancestral contribution to IRRI rice varieties (IR 5-IR 62). Japan. J. Breed. 42:437−442.
Kempthorne, O. 1969. An introduction to genetic statistics. Iowa state university press, Iowa. 72−80.
櫛渕欽也・山本隆一 1989. 稲の育種・時代を追って. 日本穀物検定協会, 図説・米
 の品種. 日本穀物検定協会, 東京. 227−249.
水田一枝・佐々木昭博・吉田智彦 1996. 近縁係数のためのPrologによるコンピュ
 ータプログラムとそのビール大麦品種の近縁関係の解析への応用. 農業情報研究 5:19−28.
農林水産省農蚕園芸局 1989. 水陸稲・麦類奨励品種特性表. 農業技術協会, 東京. 1−262.
岡田正憲 1979. ホウヨクとレイホウ. 瀬古秀生監修, 続・稲の品種改良. 全国米穀
 配給協会, 東京. 242−314.
大里久美・吉田智彦 1996. イネ育成系統の近縁係数およびその食味との関係. 育雑 46:295−301.
酒井寛一 1957. 植物育種法に関する理論的研究 V. 自殖性植物の育種における近
 縁係数の応用. 育雑 7:87−92.
佐々木多喜雄 1997. きらら397誕生物語. 北海道出版企画センター, 札幌. 41-45.
内山田博士・西山壽・橘高昭雄・轟篤・新村善引・黒木雄幸・衛藤信男・上野貞
 一・向井康・本部裕朗 1980. 水稲新品種“ニシホマレ”について. 宮崎総農試報 14:45−57.
Walsh, J. 1981. Genetic vulnerability down on the farm. Science 214:161−164.



第1図  主要品種と,良食味品種群 (福岡農試育成の17品種) や多収品種群 (レ
イホウ,ニシホマレ,ツクシホマレ,ヨカミノリ,西海176号,西海190号) と
の間の近縁係数.値は群別に平均して示した.

第1表  良食味品種や多収品種
 と主要品種との間の近縁係数
−−−−−−−−−−−
主要      良食味 多収
品種名   品種群 品種群
−−−−−−−−−−−
コシヒカリ     0.477	 0.161
初星	  0.414	 0.152
農林22号  0.406	 0.300
黄金晴	  0.389	 0.224
月の光	  0.389	 0.225
キヌヒカリ	  0.331	 0.099
農林8号  0.242	 0.180
農林1号  0.227	 0.021
農林6号  0.226	 0.181
陸羽132号 0.170	 0.041
愛国	  0.163	 0.082
三井神力  0.083	 0.043
農林12号  0.042	 0.022

日本晴	  0.327	 0.306
旭・朝日  0.134	 0.115
器量好    0.122	 0.103
金南風	  0.062	 0.064
陸稲戦捷  0.008 0.010

シンレイ	  0.246	 0.415
トヨタマ	  0.177	 0.413
ツクシホマレ	  0.223	 0.369
レイホウ	  0.181	 0.289
ホウヨク	  0.043	 0.282
ニシホマレ	  0.173	 0.273
全勝26号  0.026	 0.152
シラヌイ	  0.024	 0.146
十石	  0.021	 0.141
−−−−−−−−−−−
良食味品種群は福岡農試育成の17品種,多収
品種群はレイホウ,ニシホマレ,ツクシホマレ,ヨカミノリ,西海176号,
西海190号の平均値.

以上