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本頁は“育雑35:464〜468(1985)”に掲載したものです.図表一部省略. 九州系統近交係数の図 近交度予測の図

カンショ育成系統の近交係数

          吉 田 智 彦
  (九州農業試験場作物第二部,熊本県西合志町,〒861−11)
  Inbreeding Coefficients of Breeding Lines in Sweet Potato
                Tomohiko YOSHIDA

                   緒  言

 我が国でカンショ育種が始まった当初に親として使われた品種の数は少ない(井浦 1951).その結果育成系統の近交度が高まってきた.もちろん外来の遺伝子を導入する努力は行われてきたが,交配親として成功したものの数は少ない.今日類縁関係のない育成品種どうしの交配は事実上不可能である.このような状況下では育成系統の血縁関係を考慮した育種計画をたてることが不可欠である.

 ある個体の近交度を表わすものとして近交係数が用いられている(WRIGHT 1922).カンショでは坂井・広崎(1965)が当時の主要品種の近交係数を計算し,育成系統の近交度が進んでおり,遺伝子源の拡大が必要であると述べている.しかしそれ以後育成された系統については家系が複雑になったせいもあり近交係数の計算は行われていない.

 近交係数の計算は煩雑である.コンピュータを利用した近交係数の計算プログラムがいくつか報告されたが,いままでに報告されたものではコンピュータを利用しても労力が非常にかかった.近年の育成品種のように多くの世代数にわたり家系図をさかのばって計算しなければならないときは,多数の系統の近交係数を計算することは事実上不可能であった.一方,和田(1983)が家畜育種のために開発した血統データベースの管理と血縁情報算出のためのプログラム(PISP)では,血統データベースを一度構築すれば近交係数を含む各種の血縁情報が容易に計算できる.そこで本報告ではPISPを利用してカンショ育成系統の近交係数を計算し,近年の育成系統がどの程度の値なのか,それらの系統間の交配を行ったらその後代個体での値がどうなるか,などの点について検討し,今後の育種計画をたてる際の指針にしようとした.

                  材料と方法
 近交係数を計算したのは九州農試育成の地方番号の付いた系統(九州1号から九州98号まで)である.品種名とその両親名からなる血統データベースは田渕(1984)の構築したデータベースをもとに,PISP(PISPは農林水産省農林水産研究計算センター,ライブラリープログラムに登録されている)にこ適合するように再構築した.PISPは家畜育種用に開発されたので,自殖の場合や共通祖先が雄と雌にある場合が想定されていなかった.カンショ育種では自殖が行われたことがまれにあり,雄と雌に共通祖先を持つことはよくおきる.よってPISPを改良してこれらへの対応ができるようにした.さらにPISPでは家系図を作るときに5世代さかのばって印刷するが,今日の育成系統には11世代さかのぼる必要のあるものもできているので,この点も改良して12世代さかのぼって印刷できるようにした.

 近交係数を計算したものはすべて家系図を印刷して,血統データベースに間違いがないことを確かめ,ある品種の家系が知られているのにその品種以降の検索がなされていないときは,その品種のデータをデータベースに加えて,検索が最終の祖先まで行われていることを確認した.家系の不明な品種の近交係数は0とした.異なる名前だが同一品種ではないかと思われるものでも,名前が異なれば異品種とした.近交係数を計算する際の世代をさかのぼる数は最大12とし,途中で血統の検索を打切ることはしなかった.また,当該品種を構成する祖先の数の一般的傾向を知るために,家系図内の品種数(当該品種に寄与した品種数)をのべ総数(ある品種が家系図に二度現われたときは二度数える.以後総祖先数と呼ぶ)と,同一なものは除いた数(二度以上現われたときは一度だけ数える.以後同一品種を除いた祖先数と呼ぶ)にわけて数えた.さらに家系国内での最終祖先までの世代数のうち最大なもの(家系内の最大世代数と呼ぶ)も数えた.

                  結果と考察
 Fig.1に九州系統の九州1号から九州98号までの近交係数の値を示した.Table 1に九州1号,農林2号(九州2号),コガネセンガン(九州55号),ミナミユタカ(九州68号)と九州80号から九州98号までの交配年度,近交係数,総祖先数と同一品種を除いた祖先数,家系内の最大世代数を示した.

 九州1号から九州15号までの近交係数は九州10号を除き0であったが,以後の系統の値は0.05〜0.10のものが多かった.しかし九州51号から九州59号までの値は再度0となった.これは九州51号から九州59号までの系統の交配に外来品種のL-4-5が導入されたためである.L-4−5は組合せ能力高く,この時期に交配親として積極的に用いられ多くの優れた系統の親となった.それ以後の系統の近交係数は再び上昇し0.1を超えるものもいくつかでてきたが,全般的にはほぼ0.1以下であった.

 育成の初期では当然のことながら家系内の祖先の数は少なく家系内の最大世代数も1〜2であったが,最近では総祖先数の最高は九州94号の194,同一品種を除いた祖先数の最高は九州97号の56であった.また,家系内の最大世代数は最高で10となった.

 Fig.2に九州60号から九州95号までの系統の内,食用系統を除いた28系統相互間の総あたり交配を行ったとした場合(交配不稔群は考慮しないとして)の後代の近交係数の頻度分布を示した.可能な378の組合せのうち近交係数が0になるものは一つもなく,0.2を超えるものもかなり出現した.しかし,近交係数が0.1以下の組合せが237で全体の63%あった.Fig.2の下部に九州75号から九州98号までの系統の内,食用系統の11系統を総あたり交配を行ったとした場合の55組合せの頻度分布を示した.これもほぼ同様な結果であった.近交係数が0.1以下の組合せは39で全体の71%であった.九州系統の近交係数がほぼ0.1以下であったことは,多収性育種のためには近交係数を概ね0.1以下に抑えればよいともいえよう.ここでの計算結果は,外来遺伝子を導入しないで九州系統同志の交配をしたとき,近交係数のかなり高い組合せがでてくる反面,ある程度後代の近交係数の小さくなるような交配をすることも可能であることを示している.よって今後カンショの交配計画をたてる際は,外来遺伝子の導入により近交にならないように努める一方で,PISPを利用してあらかじめ交配後代の近交係数を求めておき,その結果を参考にすることが可能である.                     

謝  辞
 PISP利用に際し有益な助言を畜産試験場和田康彦氏から賜った.深く感謝します.

                     引用文献
井浦徳 1951.沖縄に於ける甘藷の育種事業とその業績の概要.農林省農業改良局研究部.pp.126.
坂井健吉・広崎昭太1 965.甘藷高澱粉多収性品種育成の現状と将来.農業技術 20:124〜128 171〜178.
田渕尚一 1984.カンショ交配記録のデータベース化.育雑 34:109〜114.
和田康彦 1983.大規模血統データの管理と各種血縁情報算出のためのプログラムPISPについて.農林水産研究計算センター報告 B8:1〜60.
WRIGHTS 1922.Coefficients of inbreeding and relationship.Amer.Nat.,56:330〜338.

                   Summary
Inbreeding coefficients of breeding lines in sweet potato were computed.Materials used for computation were breeding lines developed at Kyushu Agric. Exp. Stn.(Kyushu lines). Computation was by PISP,a computer program of pedigree data management developed by Wada(1983)for animal breeding and modified for plant breeding by me. In Fig.1,inbreeding coefficients of Kyushu lines are shown;early stages of Kyushu lines had inbreeding coefficients of O,but as breeding materials were limited at that time,inbreeeding coefficients of lines developed after that increased to O.05〜0.10. Exotic germplasms were successfully introduced from Kyushu 51to Kyushu 59 with initial inbreeding coeffcients of O. Inbreeding coefficients increased and in lines developed recently were mostly O.1,though some were bigger.

In Table 1,year of crossing,inbreeding coefficient, number of ancestors(total and excluding common ones)and maximum generation in the pedigree of some Kyushu lines are shown. Tbe number of ancestors and maximum generation in the pedigree of early Kyushu lines,i.e. Kyushu 1 and Kyushu 2,were small. Currently,the number has increased and the maximum number of total ancestors in the pedigree was 194 in Kyushu 94 and maximum number of ancestors excluding common ones was 56 in Kyshu 97.Maximum generation in the pedigree was lO in newly developed lines.

In Fig.2,frequency distributions of expected inbreeding coefficients of lines developed by dialled crosses of Kyushu lines are sbown.Fig.of lines for non−food use(for starch production or for feed)and for food use are shown separately.In lines for non-food use,378 crosses by 28 parents(from Kyushu 60 to Kyushu 95)were included in the computation. In 1ines for food use,55 crosses by 11 parents(from Kyushu 75 to Kyushu 98)were included. There was no line having inbreeding coefficient of O and a considerable number had high inbreeding coefficients of more than O.2. Tberefore,before making acrossing program,crosses having high inbreeding coefficients should be eliminated by computation of inbreeding coefficents,which is easy to do using modified PISP.

Fig. 1
Fig. 2
Tablel.Year of crossing,inbreeding coefficient,number of ancestors in the 
        pedigree (total and except common ones)and maximum generation 
        in the pedigree of Kyushu lines 
-----------------------------------------------------------------------------
            Year   Inbreeing   Number of ancestors  Maximum
 Name         of    coefficient -------------------  generation
           crossing           Total   Except       in the pedigree                                                         comon ones 
-----------------------------------------------------------------------------
Kyushu 1       1933     0.000   2    2         1 
Norin 2       1937     0.000    4    4         2 
Koganesengan     1955     0.000     8    8         4 
Minamiyutaka     1966     0.063    22    19         6 
----------------------------------------------------------------------------- 
Kyushu 80 * 1)   1972     0.000   18    14         5 
Kyushu 81 *    1973     0.000   20    16         4 
Kyushu 82     1974     0.095   100    36         8 
Kyushu 83     1974     0.000   82    34         8 
Kyushu 84*     1975     0.021   42    33         7 
Kyushu 85     1975     0.000   30    25         7 
Kyushu 86     1975     0.000   30    25         7 
Kyushu 87*     1976     0.000   30    25         7 
Kyushu 88*     1975     0.009   80    40         9 
Kyushu 89     1976     0.000   138    42        10 
Kyushu 90      1975     0.075   138    43         9 
Kyushu 91*     1977     0.033   48    31         7 
Kyushu 92*     1976     0.000   30    25        7 
Kyushu 93     1977     0.116   60    28        8 
Kyushu 94     1976     0.046   194    47       10 
Kyushu 95     1978     0.026   96    38        9 
Kyushu 96*     1978     0.000   22    18        6 
Kyushu 97*     1979     0.015   112   56       10 
Kyushu 98*     1980     0.140   124   53        10 
-------------------------------------------------------------------------- 
Norin2=Kyushu 2,Koganesengan=Kyushu 55,Minamiyutaka=Kyushu 68 
l):Line names attached with asterisk are lines for food use.  
以上