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本頁は 園芸学研究 5掲載.図表一部省略. 近交係数と収量の関係&近交度予測の図

近年育成されたイチゴ品種の近親交配の程度および近交係数と収量の関係

稲葉幸雄・吉田智彦

The Inbreeding Coefficients of Recently Developed Cultivars and the Relationship between Inbreeding Coefficiets and Yield in Strawberry
Yukio Inaba and Tomohiko Yoshida
Summary
Inbreeding is a great concern for breeding of strawberry plant because of the repeated crossings among a limited number of breeding material. Coefficients of inbreeding (CI)in recently developed cultivars of strawberry were calculated using a personal computer and a programming language, Prolog, while the relation between CI and yield was investigated in the strawberry. There was no correlation between the selection rate of F1 seedling plants and CI of those one. In the strawberry breeding lines of Tochigi Branch, Tochigi Prefectural Agricultural Experiment Station, the correlation coefficient between CI and yield was -0.37 and it was significant at 1% level. The figure showed that the plants with a CI less than 0.3 showed no inbreeding depression in strawberry. The CI of several recently bred strawberry cultivars of June-bearing type were almost more than 0.2. CI of Tochiotome', 'Akihime', 'Sagahonoka', 'Amaou', 'Satumaotome', 'Hinosizuku' and 'Yayoihime' was 0.261, 0.222, 0.257, 0.213, 0.257, 0.247 and 0.346, respectively. On the other hand it was almost less than 0.1 of ever-bearing type caltivars except for two caltivars, 'Summer Princess' and 'Kiminohitomi'. Hypothetical diallel crossing among 15 representative June-bearing type caltivars resulted the CI of their offsprings with the values from 0.067 to 0.440 and the average of CI was 0.210.
Key Words :Inbreeding depression, Pedigree Analysis, Prolog, Strawberry
キーワード:イチゴ, 家系分析,近交弱勢,P r o l o g


緒 言
 イチゴの栽培種(Fragaria×ananassa Duchense)は,南米原産のチリイチゴ(F. chiloensis)と北米原産のバージニアイチゴ(F.virginiana)との交雑から生まれた雑種植物が起源とされ(Darrow,1966),育成されてからまだ250年程度の歴史を持つに過ぎず,栽培植物としての歴史は非常に浅い.これまで日本国内で育成されたイチゴ品種は100品種を超えるが,その系譜を見ると最初の国産品種‘福羽’と海外品種‘Haward17’および‘Haward17’を祖先に持ち日本国内でも栽培された‘Donner’の血統が色濃く引き継がれている(木村,1999).さらに近年では,‘女峰’,‘とよのか’,‘アイベリー’など一部の品種が繰り返し交配親として利用されてきたため,品種の近親交配の程度が急激に高まっていると考えられる(吉田,2003).栄養繁殖作物であるイチゴは,カンショやバレイショと同じように近親交配により近交弱勢がおこることが指摘されているが(森下,1997;成川・石川,1997;齋藤ら,1998;望月,1999),これまでのところ,どの程度近親交配が進むと近交弱勢がおこるかについての具体的な知見はない.

 近親交配の程度を示す指標として家畜の改良に広く使われているものに近交係数がある.近交係数は個体の相同遺伝子が同一の祖先遺伝子から由来する確率として定義され,個体の近交度を表わすときによく用いられる(WRIGHT,1922;Kempthorne,1969;井山,1974).肉用牛や乳用牛などの家畜の改良には近交係数を基に綿密な交配計画が立てられることが一般的であるが(水間ら,1982),植物での近交係数の計算例は少なく,また品種改良に利用されることもほとんどない.これまでわずかに,カンショで近交係数が0.1を超えると収量低下がおこることが明らかにされている程度である(吉田,1985,1986).

 近交係数の計算は,子はその両親からおのおのの遺伝子の半分ずつを受け取ることを前提に計算され,両親の祖先の中から共通品種を探し,その共通祖先にたどる世代数を数えて(1+FA)×(1/2)(n+1)の計算をし(FAは共通祖先の近交係数,nは共通祖先から両親へたどる世代数の和),この値を共通祖先をたどる全経路について計算することが必要である.しかし,家系が複雑な近年の育成品種では手計算は事実上不可能で,コンピュータを利用しても煩雑である.一方,推論型のコンピュータ言語P r o l o gの持つ,推論,再帰的処理,バックトラックなどの機能を利用すると(柴山ら,1986),系譜の血縁関係の処理が容易に行える(水田ら,1996).水田ら(1996)のプログラムを基に,イチゴなど栄養繁殖作物の近交係数計算プログラム(吉田,2003),そのWindows版(吉田,2004)が開発されており,イチゴの近交係数の計算は容易にできるようになっている.

 本研究では,栃木県農業試験場栃木分場の1995年〜2002年までの育成系統の栽培データをもとに,近交係数が収量に及ぼす影響を検討した.また,近年育成された国内品種の近交係数を計算することで,近親交配の程度を推定し,今後のイチゴの育種計画に活用することを試みた.

材料および方法
1.近交係数の計算
 近交係数の計算は推論型言語のP r o l o gを用いており,自殖作物の近縁係数計算用プログラム(水田ら,1966)を栄養繁殖作物の近交係数の計算用に改良し(吉田, 2003),さらにWindows上で作動可能にしたもの(吉田,2004)を用いた.

 まず計算のためのイチゴ交配記録データベースを作った.古い品種の交配記録は諸説ある場合があるが,ここでは主に,育成元および農林水産省の品種登録ホームページに記載されたデータ,木村(1999)など参考にした.近交係数の計算では共通祖先の近交係数の値が必要である.そのため,まず共通祖先の近交係数が0である古い品種の近交係数を計算し,計算に必要な近交係数データを蓄積し,共通祖先と同時にそのデータも検索し計算するようにした.順次,家系図中の祖先品種の近交係数データが完備した品種についてその近交係数を計算していった.近交係数の計算とともに,その品種の概要を示すため,家系図中の親の総数,その内の共通なものを除いた親の数,最終祖先(他と類縁関係のない品種)までの世代数の内で最大なもの(つまり家系図の端までの世代数で,以後,最終世代数と称す)を数えた.これは近交係数計算プログラムを適宜改変して行った.最終祖先については,国内で育成されたものは,可能な限り最終親まで遡って計算したが,外国からの導入品種はその親を遡って計算しなかった.また,大果系品種育成の交配母本として重要な位置を占めている‘アイベリー’については来歴不詳として計算を行った.したがって‘アイベリー’を直接の親とする品種の近交係数はすべて0となった.

2.交雑実生の近交係数と選抜率
2001年〜2004年の4年間で合計160組合せの交配を行い,総数で23,802個体の交雑実生を育成し,促成栽培の作型で交雑実生の選抜を行った.一組み合わせの個体数は12〜803個体であった.交雑実生の選抜は,交配年の12月から翌年の2月に行い,開花・収穫時期の早晩,果実の大きさ・色・硬さ・食味などの果実形質を中心に選抜を行った.なお,実生選抜では収量性は選抜項目から除外した.

3.選抜系統の近交係数と収量の関係
 1995年〜2002年の8年間に行った特性検定予備試験(実生選抜に続く2年目の系統選抜を経て選抜された3年目の育成系統の特性を調査する)に供試した合計58系統(3次選抜系統)の近交係数を計算し,収量との関係を調べた.イチゴの収量は気象の影響による年次変動が大きいことから,年次間の収量を比較するに当たっては,各年次毎に対照品種とした‘とちおとめ’の収量を100とし収量比として表した.

4.主要品種の近交係数
 近年育成された一季成り品種15品種および四季成り品種15品種の近交係数と育成に関わった親の数および最大世代数を調べた.また一季成り品種15品種を用いて総当たり交配を行った場合の子供の近交係数を計算した.供試した一季成り品種と四季成り品種は以下の通りである(品種名・育成年・育成者の順に記載).

 一季成り品種;‘とちおとめ’1996・栃木県,‘女峰’1985・栃木県,‘とよのか’1983・野菜茶試(久留米),‘章姫’1992・静岡・萩原章弘,‘さちのか’2000・野菜茶試(久留米),‘さがほのか’2001・佐賀県,‘あまおう(福岡S6号)’2005・福岡県,‘さつまおとめ’2002・鹿児島県,‘ひのしずく(熊研い548)’申請中・熊本県,‘やよいひめ’2005・群馬県,‘アスカルビー’2000・奈良県,‘紅ほっぺ’2002・静岡県,‘濃姫’1998・岐阜県,‘越後姫’1996・新潟県,‘ふさの香’2000・千葉県.  四季成り品種;‘栃木18号’申請中・栃木県,‘サマーベリー’1988・奈良県,‘エバーベリー’1990・野菜茶試(盛岡),‘セリーヌ’1993・(株)ホーブ,‘ペチカ’1995・(株)ホーブ,‘みよし’1987・徳島県,‘池光’1996・徳島・川人健一,‘スイートチャーミー’1997・川人健一,‘サマールビー’2005・(有)ミカモフレテック,‘サマープリンセス’2003・長野県,‘カレイニャ’2004・北海道・畑中克彦,‘夏実(エッチエスー138)’2004・(株)北海三共,‘なつあかり’申請中・農研機構東北農研,‘デコルージュ’申請中・農研機構東北農研,‘きみのひとみ’2005・(株)旭川ブリックス.

  結 果
1.交雑実生の近交係数と選抜率
近交係数と実生選抜率の関係を第1図に示した.交雑実生の近交係数は0〜0.63の範囲に含まれ,実生選抜率は0〜14.7%の範囲であった.近交係数と実生選抜率の間の相関係数は−0.051で,相関は認められなかった.交雑実生の近交係数の頻度分布を第2図に示した.160組合せの内,0.1〜0.2の間の組み合わせが55組合せで最も多く,0.2〜0.3間が45組合せ,0〜0.1が27組合せ,0.3〜0.4が22組合せ,0.4〜0.5が10組合せ,0.6〜0.7が1組合せであった.因みに近交係数0.63は‘とちおとめ’の自殖実生の値である.

2.選抜系統の近交係数と収量の関係
各年次毎の交配系統の近交係数と収量比の関係を第3図に,58系統全部を含めた近交係数と収量比の関係を第4図に示した.98交配系統を除き,いずれも近交係数が高まるにつれ収量比が低下した.特に97および01交配系統では有意な負の相関が認められた.98交配系統では近交係数と収量比との間に一定の傾向はみられなかった.また,98交配系統は供試7系統すべてが対照品種の‘とちおとめ’より収量が低かった.供試58系統全部の近交係数と収量比との関係をみると,相関係数は−0.37(危険率1%)で有意な負の相関が認められた.

3.主要品種の近交係数
第1,第2表に一季成り品種および四季成り品種それぞれ15品種の近交係数と家系図中の親の数および世代数を示した. 

 一季成り品種では近交係数が0.1以下のものは,‘さちのか’,‘とよのか’‘紅ほっぺ’,‘濃姫’の4品種だけで,近年の育成品種はいずれも近交係数が0.2を越えており,‘やよいひめ’の0.346が最も高い値であった.平均の近交係数は0.172であった.育成に関わった総親数は‘とちおとめ’が72,‘さがほのか’が34,‘あまおう’が82,‘やよいひめ’では最多の120の親品種が関わっていた.総親数の平均は57であった.共通親を除いた総親数は10〜28品種で平均親数は21.3であった.最大世代数は4〜10世代で,平均は7.3世代であった.

 四季成り品種では‘サマープリンセス’と‘きみのひとみ’の近交係数がそれぞれ0.183,0.195で比較的高い値であったが,その他の品種はいずれも極めて低い値を示した.総親数は‘サマールビー’,‘カレイニャ’,‘きみのひとみ’が多かったが,その他の品種の総親数は一季成り品種に比べて少ない傾向であった.共通親を除いた総親数は10〜44品種で平均親数は23.3で一季成り品種よりやや多かった.最大世代数は3〜9世代,平均は6.5世代で一季成り品種よりやや少なかった.

一季成りの15品種間で総当たり交配を行った場合の子供の近交係数の値を第3表に,子供の近交係数の頻度分布を第5図に示した.自殖での値を除いて計算した子供の近交係数の平均値は,‘女峰’が0.263で最も高く,‘とちおとめ’,‘とよのか’,‘章姫’,‘さがほのか’,‘あまおう’などの主要品種はいずれも近交係数の平均が0.2を越えていた.‘濃姫’は近交係数の平均が最も低かったが,それでもその値は0.170で0.1を越えていた.近交係数が0.3を越える交配組合せが24組合せ(正逆交配を1組合せとした場合は12組合せ)あり,‘女峰’ב章姫’および‘とちおとめ’בふさの香’の組合せでは0.4を超えていた.自殖の場合の近交係数が0.5となったのは,‘さちのか’と‘濃姫’の2品種だけで,その他の品種はいずれも0.5を超え,0.6を超えるものも7品種あった.近交係数毎の頻度分布をみると,半数以上の組合せが0.2〜0.25の範囲に含まれたが,0.3を超える組合せが29.8%(225組合せ中67組合せ)あり,逆に0.2未満の組合せは16.9%(225組合せ中38組合せ)であった.

考 察
1.交雑実生の近交係数と選抜率
 交配は年に30〜50組合せの範囲で行っているが,交配組合せ毎に交配目的が異なる場合が多く,同一基準で選抜を行っていないことから,交雑実生の近交係数と実生選抜率との間には,相関が認められなかったと考えられる.ただし,近交係数が0.4を超える実生の選抜率が他と比べて低いことから,草勢の低下や花器の稔性低下などの近交弱勢現象を基準に選抜を行えば,近交係数と実生選抜率との間に相関が認められる可能性が高いと思われた.

 自殖の場合の近交係数は0.5となるが(共通祖先の近交係数が0の場合),近親交配の進んだ品種の自殖ではそれ以上の値となる.本試験では 160組合せの内,自殖の実生は‘とちおとめ’だけであったが,‘とちおとめ’の自殖実生は近交係数が0.63で,草勢の低下が著しく,またほとんどの個体の果実に不受精が認められた(データ省略).供試ハウスは多数の実生が混在し,ミツバチによる訪花受粉が行われていたことから‘とちおとめ’自殖実生の不受精の原因は,花粉と雌蕊の両方に問題があったものと推察される.

 交配組合せの近交係数の頻度分布をみると0.3〜0.4が22組合せ,0.4〜0.5が10組合せあり,栃木分場の交配母本の近縁程度はかなり高いことが伺えた.

2.選抜系統の近交係数と収量の関係
 育成系統全体の近交係数と収量比の間には,弱い負の相関が見られた.年次別でみると97交配系統と01交配系統で強い負の相関が見られたが,それ以外では有意な相関は認められなかった.カンショでは近交係数が0.1をこえると収量の低下が認められ0.2を超えると極端に収量が低下するが(吉田,1896),本試験のイチゴでは0.3程度までは極端な収量低下は認められなかった.他殖性作物でも種類によって近交弱勢の程度は異なり,倍数性のものは自殖に耐える傾向が強いとされているが(角田ら,1991),カンショは6倍体でイチゴは8倍体であることが原因しているかもしれない.  近年育成された品種の多くが0.25程度の近交係数であり,0.3を超える普及品種(‘やよいひめ’)もあること,本試験において近交係数が0.35を超える系統の中に収量が極端に少なく,稔性障害を持つものが見られたことなどから,イチゴでは0.3を近交係数の上限値として設定することが妥当であると考えられた.したがって交配計画を立てるに当たっては,事前に近交係数を計算しておくと無駄がなく効率的である.

 本研究では,近交係数と量的形質である収量性だけに着目して論じてきたが,実際の交配計画策定に当たっては,一般組合せ能力および特定組合せ能力についても十分考慮することが大切である.なぜなら,近交係数が低い組合せでも草勢が弱く収量の低い場合があり,逆に近交係数が高くても草勢が強く収量が高い場合もある.従って,交配組合せの近交係数と組合せ能力を事前に調べてから交配を行うのがよい.本交配の前の予備交配において少ない実生数で組合せ能力の検定を実施した後,本交配で大規模に実生育成を行う二段階育種法(森下,1994,1997)をより効率的に行うために,近交係数の計算は極めて有効である.

 なお,糖度,果形,果皮色,硬さ,香気などの果実形質は自殖しても弱勢化はみられず(森下,1994),イチゴの重要病害である炭疽病では,近交係数の上昇を伴うことになる淘汰圧を加えた種子繁殖にによる世代更新が抵抗性遺伝子の集積に極めて有効であることが報告されている(森,2001,2003).上記の理由から自殖系統間交配育種法が提唱され(成川ら,1981),‘麗紅’を嚆矢としてその後大果系品種育成のための中間母本‘いちご中間母本農1号(旧系統名:久留米54号)’や炭疽病抵抗性品種‘サンチーゴ’(森ら,2000)などが自殖系を利用して育成されている.また,自殖系を使った種子繁殖性品種の育成も一部で試みられている(成川・石川,1997;齋藤ら,1998).

3.主要品種の近交係数
近年育成された一季成りの15品種の近交係数は,平均が0.172で,‘とちおとめ’や‘章姫’,‘さがほのか’,‘あまおう’などの主要品種はいずれも0.25前後の高い値であった.これは一時代前の主要品種‘女峰’と‘とよのか’がそれぞれ0.171,0.062であったことから比べると近親交配が一層進んでいることを示している.‘やよいひめ’は戻し交配を行った結果0.346の高い値となっている.一方,‘さちのか’と‘濃姫’の近交係数が0であるのは,それぞれ‘アイベリー’を直接の親に持つことによる.‘アイベリー’の育成に関しては,一部で‘麗紅’の偶発実生に‘宝交早生’を交配して育成されたといわれているが,一般的には来歴不詳とされている.

仮に,‘アイベリー’が‘麗紅’の偶発実生と‘宝交早生’の交配で育成されたとすると,‘さちのか’の近交係数は0.148となり,‘アイベリー’が育成の途中で親として用いられた品種の近交係数は,本論文で記載した値よりいずれも高い値となってくる.このことに関して,國久ら(私信)によるDNAマーカーを用いた品種識別の結果は,‘アイベリー’が‘麗紅’の偶発実生と‘宝交早生’の交配で育成されたとした場合に,矛盾した遺伝をするマーカーが存在することを示している.従って‘アイベリー’に関しては,従来の定説どおり来歴不詳として扱って問題ないと考えられる.

育成に関わった総親数と共通親を除いた総親数をみると近年の育成品種は育成系譜に多くの共通親を持ち,各品種とも20品種程度の親品種が交配に用いられてきたことが分かる.

 一方,近年注目されている四季成り品種に関しては,近交係数は多くの品種で0か0.1以下であった.これは四季成り性の遺伝子をもつ母本が極限られていること,四季成り品種と一季成り品種の交配が限られた品種間でのみ行われてきたこと,一季成り品種に比べて品種改良が遅れていることなどの理由が考えられる.‘サマープリンセス’と‘きみのひとみ’は一季成り品種並の近交係数であったが,育成の過程で共通の一季成り品種を多く用いたためと考えられる.また,‘サマールビー’は総親数148,共通親を除いた総親数でも44と一季成り,四季成り品種を通して最も多くの親を持っていたが,近交係数は0.068と低い値であった.これは,遺伝的類縁関係の極めて少ない‘サマーベリー/みよし’と‘アスカウェーブ’との交配で育成されたことによると考えられる.いずれにせよ,これらの最大世代数や総親数の値は,稲で平均の最大世代数が13.7,総親数が493.5,共通除いた数が85.5,小麦で同8.1,86.6,42.8,ビール麦で同9.3,147.0,36.4(吉田,1998)に比べるとかなり少なく,イチゴの家系が稲麦よりまだかなり単純であることを示している.

 次に,一季成り15品種の間で総当たり交配をした場合,近交係数の全平均は0.210となった.‘とちおとめ’と‘女峰’は近交係数の平均値がそれぞれ0.254と0.263で他の品種に比べ高い値を示した.これは両品種が他の品種と遺伝的類縁関係が高いことを示しており,逆の見方をすれば,この2品種は国産イチゴの遺伝子をまんべんなく集積して育成された品種ということができる.

 交配組合せの近交係数の頻度分布をみると,0.25を超える組合せが半数を超える状況にあり,0.4を超える自殖に近い組合せもあった.現状の品種を基にこのまま品種改良を続けていくと品種の近縁程度は益々高くなっていくことが予想される.とりあえずは,本論文で示した方法により交配後代の近交係数の値を予め計算し,その値が小さい組合せの交配を行うことで近親交配を避けるように努めていくべきであろう.  以上のように,近年のイチゴ品種は限られた育種素材間で交配を繰り返してきた結果,近親交配の程度が急激に高まっていることが明らかとなった.このままの状態で品種改良をつづけていけば,近い将来近交弱勢による草勢および収量性の低下,稔性障害による不受精果の発生など重大な問題を引き起こすことが懸念される.すでに‘とちおとめ’では天候不良時における不受精果の発生が他品種に比べて多いことが栽培上の大きな問題になっている(稲葉,2001).

 望月(1999)は今後のイチゴ育種の課題として,バイオテクノロジ−等基盤研究の重要性を指摘し,遺伝資源の収集・評価,近縁野生種の利用,遺伝子組み換え等のバイオテクノロジ−を駆使した研究方向を上げている.

すでに,近縁野生種の利用(野口ら,1995)や遺伝子組み換え(浅尾ら,1995)による成果も見られているが,実用品種を育成するまでには至っていない.従って,現段階では実用品種を直接の交配親とした交雑育種が,最も確実な方法であると考えられる.近親交配の程度を小さくして近交弱勢を回避しながら,栽培特性や果実特性および耐病性の改良を進めていくためには,遺伝的類縁関係の少ない海外の優良品種を積極的に導入し,育種素材として活用していくことが重要であると考えられる.

謝辞 農業技術研究機構野菜茶業研究所機能解析部遺伝特性研究室の國久美由紀氏には,未発表のDNAによるイチゴ品種識別データを提供いただきました.ここに記して感謝申し上げます.

摘 要
栄養繁殖作物のイチゴでは,限られた育種材料間での交配を繰り返すため近親交配が問題となる.そこで,近年育成されたイチゴ品種の近交係数を計算した.また,近交係数と収量との関係を調べた.近交係数の計算は推論型言語P r o l o gとパーソナルコンピューターを利用した手軽な処理系で計算プログラムを作成した.交雑実生の近交係数と実生の選抜率との間に相関関係は見られなかった.栃木県農業試験場栃木分場の育成系統(3次選抜系統)の近交係数と収量の関係を調べたところ,−0.37(危険率1%)の有意な負の相関が認められた.また,イチゴでは近交係数が0.3程度までであれば,近交弱勢による収量の低下は見られないことが分かった.近年育成されたイチゴ品種の近交係数は一季成り品種では0.2を超える超えるものが多く,‘とちおとめ’,‘章姫’,‘さがほのか’,‘あまおう’,‘さつまおとめ’,‘ひのしずく’,‘やよいひめ’はそれぞれ0.261,0.222,0.257,0.213,0.257,0.247,0.346であった.一方,四季成り品種では‘サマープリンセス’と‘きみのひとみ’の2品種がが0.183と0.195でやや高い値であったが,それ以外はいずれも0.1以下であった.代表的な一季成り品種15品種の総当たり交配による子供の近交係数を計算した結果,自殖を除いた近交係数の値は0.067〜0.440で平均は0.210となり,近親交配の程度が高くなることが分かった.



第1表 主要な一季成り品種の近交係数と、家系図中の親の数				
-------------------------------------------
          近交係数 総親数 共通親を除 世代数
                         いた総親数 
-------------------------------------------
とちおとめ 0.261    72      24      8
女峰       0.171    20      10      6
とよのか   0.062    16      15      4
章姫       0.222    40      16      7
さちのか   0        18      17      5
さがほのか 0.257    34      18      6
あまおう   0.213    82      26      9
さつまおとめ 0.257  40      20      6
ひのしずく 0.247   106      28      9
やよいひめ 0.346   120      28     10
アスカルビー 0.130  68      27      7
紅ほっぺ   0.084    60      25      8
濃姫       0        44      12      7
越後姫     0.119    46      27      8
ふさの香   0.250    90      27      9
平均       0.172    57     21.3   7.3
-------------------------------------------			
	
第3表 主要品種間で交配をした場合の子供の近交係数の値								
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         とちお  女峰    とよ    章姫    さち     さが   あま    さつま  ひの    やよい  アスカ   紅     濃姫
         とめ            のか            のか    ほのか  おう    おとめ しずく   ひめ    ルビ−  ほっぺ 
-------------------------------------------------------------------------------------------------------------
とちおとめ0.630	0.386	0.250	0.289	0.125	0.250	0.230	0.125	0.275	0.302	0.250	0.207	0.193
女峰      0.386	0.585	0.191	0.404	0.095	0.248	0.204	0.095	0.240	0.316	0.358	0.250	0.292
とよのか  0.250	0.191	0.531	0.169	0.265	0.394	0.328	0.265	0.202	0.134	0.167	0.217	0.095
章姫      0.289	0.404	0.169	0.661	0.084	0.206	0.164	0.084	0.187	0.223	0.266	0.348	0.202
さちのか  0.125	0.095	0.265	0.084	0.500	0.197	0.256	0.378	0.224	0.067	0.083	0.292	0.172
さがほのか0.250	0.248	0.394	0.206	0.197	0.628	0.267	0.197	0.187	0.155	0.196	0.201	0.124
あまおう  0.230	0.204	0.328	0.164	0.256	0.267	0.606	0.225	0.182	0.134	0.169	0.210	0.133
さつまおとめ0.125 0.095	0.265	0.084	0.378	0.197	0.225	0.562	0.193	0.067	0.072	0.231	0.172
ひのしずく0.275	0.240	0.202	0.187	0.224	0.187	0.182	0.193	0.623	0.159	0.161	0.206	0.182
やよいひめ0.302	0.316	0.134	0.223	0.067	0.155	0.134	0.067	0.159	0.673	0.197	0.145	0.158
アスカルビー0.250 0.358	0.167	0.266	0.083	0.196	0.169	0.083	0.161	0.197	0.565	0.175	0.179
紅ほっぺ  0.207	0.250	0.217	0.348	0.292	0.201	0.210	0.231	0.206	0.145	0.175	0.542	0.187
濃姫      0.193	0.292	0.095	0.202	0.172	0.124	0.133	0.172	0.182	0.158	0.179	0.187	0.500
平均値z  0.240	0.256	0.223	0.218	0.186	0.218	0.250	0.176	0.199	0.171	0.189	0.222	0.208
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 z 平均値は自殖での値は除いて計算した.	


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