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本頁は“農業技術45(6),1990”に掲載したものです.図表一部省略.

福岡県における水稲育種の取り組みと今後の方向

今林惣一郎*・吉田智彦**
Souichirou IMABAYASHI and Tomohiko YOSHIDA: Rice breeding in Fukuoka Prefecture.

1.はじめに
 米の消費が年々減少する一方で,消費者の良食味米志向がますます強まっている。このような中で,福岡県では1987年より県,農業団体が一体となって“うまい米・売れる米づくりの運動”を展開し,良質・良食味の自主流通米生産の拡大を強く推進している。
 福岡県は1989年水稲作付面積が53,500ha,生産量約27万tでいずれも九州では第1位を占めている。また,人口も470万人を数えており,九州では米の生産県であるとともに,大消費県でもある。しかしながら,作付の大幅な拡大が求められている良食味5品種の県内生産量に占める比率は,前年に比べて増加したものの,約50%(主食用)と低迷している。また,県産米に対する流通や販売関係者の評価は必ずしも高くない。さらに,米の流通制度の改正等により県間の米の移出入が緩和されており,産地間の競争が激化し,県内消費自主流通米の73%が県外より移入されている実状にある。
 このような情況を打開するための一助として,福岡県独自の水稲品種育成の要望が従来にもまして行政や普及から強く打ち出されてきた。また,試験場サイドでも水稲の県単育種の実施希望やその必要があるという意見が多く出され,機は熟していた。
 福岡県の水稲育種は,古くは明治45年から純系淘汰と並行して,多収性品種神力を交配親として行われたのが最初で,以来昭和16年まで品種改良が続けられた。そのうち系統名が付されたものは119系統で,大部分がうるちの晩生種であった。これらの系統のうち新品種に命名され普及された品種は,宮神力,太陽郡,筑紫,住吉の4品種であった。その後,国の育種組織の充実が図られ,県単育種は中断された。以後は,奨励品種決定調査により国,指定試験地,他県で育成された系統の地域適応性,栽培法を十分検討し,県の奨励品種に採用,普及を図ってきた。それらの品種が本県稲作に果たした成果は極めて大きく,育成地と県農試の役割分担が効率的に行われてきたし,今後ともに他育成地の系統をも含めて奨励品種決定調査事業を続けていく基本姿勢に変わりはない。
 しかし,全国では従来にもまして県単育種が広範囲に始まり,“あきたこまち”や“ゆきひかり”の大成功は大きな刺激となり,県試験場の実力向上とあいまって県単育種への動きに一層拍車がかかった。1987年夏から農産研究所内で,県単水稲育種に取り組むべきか否かの検討を場長の意向をうけて行い,実施すべきである,しかも実施するなら片手間でなく本格的にしよう,との合意に達した。このようにして,県下各地域の消費者,生産者,流通関係者等の多様な要望に対しきめ細やかな対応をするための県単水稲育種が開始された。

2.県単育種の取り組み
(1)組織,予算
 1989年福岡県農業総合試験場の機構改革に伴い,農産研究所育種部に水稲育種研究室が新設され,研究員3名,研究補助員3名,当初の圃場120aで出発した。交配,世代促進等は前年までに水稲育種プロジェクトチームを編成し,チーム長のリーダーシップによりすでに進められ,所内での協力体制は十分に整っていた。またこの間,育種目標や育種手法,国や先進育種試験地の交配組合せ,必要な器材,米の流通等の勉強会を数回研究所内で重ねてきた。  予算措置は1988年は時期的に間にあわず,場内調整費や研究所内の予算等でまかなった。1989年には,施設整備関係の予算が重点に認められ,特に建設が急がれる世代促進温室は同年9月に完成した。そのほかの施設では,葯培養室,低温種子貯蔵庫,作業棟,天日乾燥舎,交配室の予算が認められた。
(2)育種目標,育種法
 育種は長期間を要するが,現在の社会経済的情勢から,新品種育成までに10年はまってくれないだろう。生産現場,行政流通面への対応,材料の扱いやずさからも,コシヒカリの栽培特性の改良をねらった品種育成をまず行うのが妥当であると考えられる。
 当面の育種目標を成熟期が極早生〜早生で,コシヒカリ並みの食味,強稈,縞葉枯病抵抗性と穂発芽難とし,これらの特性を合せもつ品種の育成が急がれる。 特に急ぐ品種については,特性の“良いもの同士”の品種間の交配をした集団を世代促進し,その後外観,食味,耐病性等についての強力な選抜,生産力検定及び現地試験と種子増殖を並行して行い,できるだけ速やかに新品種を誕生させたい。
 上記のような品種を緊急に育成するとともに,系統育種法を中心としてコシヒカリ並の食味,強稈,良質・多収,耐病虫性の,中生〜晩生まで含んだ本格的な品種育成をも図る予定である。
(3)交配,世代促進
 交配と世代促進はすでに1988年から水稲育種プロジェクトチームを中心に予備的に開始され,大胆慎重に初年目の交配計画を立て,同年夏に約50組合せの本格的な交配を行った。交配は研究所全員が参加し,交配作業を通じて全員の士気は高まった。1988年秋〜冬にその中の10組合せの世代促進を仮設世代促進温室(予算措置がなされていなかったため,ガラス室内にビニールハウスを設け,園芸研究所のボイラーを借用して備えた)を利用して行った。
 さらに,1989年1月から8組合せについて石垣島と温室を利用し世代促進を行い,5月に合計17,000個体を選抜した。石垣島では1〜5月の気象条件で圃場での水稲栽培が可能であり,沖縄県農試八重山支場の協力を得て約10aの農家圃場を確保した。石垣島での世代促進は温室のみによる方法に比べて十分な材料養成ができ,圃場での立毛観察による選抜も可能で育種効率が高かった。
 石垣島と温室で世代促進した系統を6月に試験場内圃場に田植した。田植には行政,普及所,農業団体,場内の他研究所,分場等から多数の参加協力があり,“福岡県独自の新品種誕生への歴史作り”の体験を皆で共有することができた。田植後から系統の生育は順調に経過し,1989年秋に圃場での選抜を完了した(第1表)。
  なお,1989年にはコシヒカリの世代熟期促進や中晩生品種の耐虫性導入を主な目標として,約30組合せの交配を行った。
(4)特性検定
 主要な組合せについて,圃場での選抜後,@穂発芽検定,A品質による検定,B縞葉枯病幼苗検定等を実施している。圃場での農業特性による選抜はもちろん重要であるが,これからの品種育成にはこれらの特性検定での的確な選抜が不可欠であり,多くの時間と労力を注いでいる。
  極早生品種の早期,早植栽培が年々増加し,成熟期前後の高温,多雨による穂発芽粒が発生し品質低下の要因となっているため,本県では耐穂発芽性は重要な育種目標としている。穂発芽検定法については各育成地の事情により方法,時期がそれぞれ異なり統一されたものはないが,育成地の報告を参考にしながら本県独自の方法で行った。キヌヒカリ/コシヒカリ(F3)993系統,月の光/コシヒカリ(F4)599系統について成熟直後に採取した穂について,直ちに室内で穂発芽検定を行い,それぞれ512(52%),408(68%)系統を選抜した(第2表)。初年目で手探りの状態で行った割には一応の成果が得られた。今後はデータを積み重ねながら,さらに簡易な検定方法の確立を図りたい。
 品質による検定は玄米の外観品質,アミロース含量,炊飯特性により選抜を行った。外観品質の判定は従来から行われている方法で,玄米の光沢,粒の大小,腹白,心白,乳白等の未熟粒,被害拉,死米の多少等による総合判定により,5組合せの育成系統で約6割の選抜を行った。アミロース含量による良食味品種の選抜については北海道立農試で精力的に行われ,多くの成果が得られている。本県でも1989年に購入したオートアナライザII型によりキヌヒカリ/コシヒカリ(F3)250系統の検定を行った。まだ初年目であり,実際の選抜でどの程度の範囲のアミロース含量の系統を選抜するかはさらに検討を要する。しかし,組合せによっては変異の幅も広いことから,アミロース含量による選抜は可能だと考えられる。
 炊飯特性による検定は藤巻らの方法により炊飯米の光沢及び粘りを検討した。食味評価の高い品種では光沢及び粘りが良い傾向にあり品種間で有意差が認められたが,反復間ではかなりのばらつきが生じた。検定した材料が良食味品種同士の交配であったこともあり.系統間の差が非常に小さくなっているので,試験精度を高めるため検定方法をさらに検討する必要がある。縞葉枯病は,近い将来早期,早植の栽培面積が拡大し,多発が予想される。本病抵抗性を目標に月の光/コシヒカリ(F4)の組合せについて幼苗検定を実施した。幼苗検定については病害虫部の協力を得,約1,300系統について行い一応の成果が得られた。保毒ヒメトビウンカの維持・増殖についてはメドがついてきたが,大量検定法の確立にはまだ時間が要すると思われる。

3.今後の計画
 当面の育種目標の中で,本命とする組合せの中から2,700系統を圃場で選抜し,その後の穂発芽検定でl,700系統.外観品質で約1,000系統にまで絞り,1989牢10月から温室で世代促進を進めるとともに,アミロース分析,縞葉枯病の幼苗検定を実施した。その後さらに1990年2月上旬から約650系統について温室で世代促進を行っている。最終的には100〜200系統を選抜する。さらに1990年4月から早期栽培及び現地2カ所での特定検定試験と普通期での生産力検定試験を並行して行う予定である。これらの結果から,1990年末には10系統までに絞りたい。 以上のように極早生〜早生で良食味,栽培特性の優れた品種の育成を急いでいるが,今後の福岡県稲作にとっては,中生〜晩生,コシヒカリ並の食味,強稈,良質安定・多収品種,またヒメトビウンカやトビイロウンカ耐虫性を持つ省農薬用品種,県南平坦肥沃地向きの多収品種等の育成は欠くことができない。
 また,昨今の事情から育種年限の短縮が可能な稲の葯培養についても試験を始めている。すでに,葯培養利用による育種は多くの県で実施されており,いくつかの新品種が誕生している。本県では初めての取組みであるため,1989年に葯置床や再分化技術の修得や最適培地の検討を行った。また.最近育成された有望品種や交配母本に利用されている品種について,カルス化率や再分化率の品種間差等についての基礎的調査にも取り組む計画である。
 本県の水稲育種はまだ始まったばかりではあるが,行政,普及,団体等の熱い支援と期待,研究員の努力と研究室の枠を超えた協力により予期以上に順調に経過している。また,本研究を通じて組織の活性化が著しく進んでいる。
 県農試が育種目標を良食味等に絞って現場対応の品種育成に打ち込めるのは,地域農試において,永遠の目標である多収や耐病性の高度圃場抵抗性等を持つ基本的品種の育成,各種特性検定法の開発,遺伝資源の収集,保存等が精力的に行われているからこそである.今後ともに,各方面からの御指導と御支援をお願いしたい。(*福岡県農業総合試験場水稲育種研究室長**同育種部長)


第1表 1989年圃場試験の概要
第2表 穂発芽検定

以上